第20回





●なにわナンバー  -part3-




「ところで兄チャンよ、今日はいくら持ってるんや?」

「え‥‥ッ。じゅ‥‥12万円持ってます」

「ほーう12万か。けっこう持っとるなぁ。どれ、ちょっとそれ見してみい」
 
 荒勢は目を輝かせながらニヤリと笑った。意表を突かれて乗り込まれたことで、すっかり相手のペースにのまれたオレは、つい、正直に金額を言ってしまった。そして少し戸惑いながらもジャケットの内ポケットから恐る恐る現金を出し、それを固く握りしめ荒勢の動きに注意しながら一枚一枚見えるよう数えると直ぐにまたポケットにしまった。

「ホンマに12万やなぁ。フフ‥‥。じゃあその中から7万でも8万でもええわ。好きなもん買うてや。そや、このロレックスなんてどや? 普通に買ったら100万以上するもんやで。まあ、これだと10万円になるけどな。それでも兄チャン、10分の1の値段で買えるなんてチャンスやで」

 そう言ってオレの胸元に差し出した金無垢の時計には「REROX」とロゴが書いてあり予想どうり粗悪な偽ブランド品だったが、この重苦しい空気の中ツッコミを入れる余裕もなかったので、

「時計は‥‥たくさん持ってるんで‥‥結構です‥‥」

 そう答えた。すると荒勢は次ぎ次ぎと偽ブランド品を箱から出して買うよう薦めてきたが、オレはまったく買う気がないのでそれを全て丁寧に拒否すると、荒勢の顔がだんだんと引きつり口調もピリピリしてきた。

「おいッ! 兄チャンよッ! エエ加減にせいや! 高級ブランド品やで。男なら絶対に欲しい逸品やろ。それをこんなに安く買えるなんてえらいラッキーなことやで。さあ、何が欲しいんや! 正直、幾らなら出せるんや! 言うてみィ!」

 凄まじい闘気を発し今にも食いついきそうな顔で凄んできた。うーむ、こりゃ嫌でも買わせる気か。幾らといっても予約した中古のカーコンポは11万8千円だから2千円なら払えるけど、2千円なんて言ったらこの場で殺されるかもしれないな。
 これは何か適当な言い訳を考えてこの場を煙に巻くしかない。そう考えアドリブで勝負に出た。

「あの〜実はボク‥‥新聞配達で学費を稼いでいる学生なんです。毎日、朝刊と夕刊を配達して、今日もこれから配達で‥‥。このお金も‥‥お客さんから集金した金ですし。これを使い込んでしまうと寮は追い出され学校は退学になり実家からは勘当と、たいへんな事になるんです‥‥。この車も勿論ボクのじゃなくて寮の大家さんのですし。だから、今日‥今日は‥‥‥買いたくても買えないんです‥‥‥‥‥‥」

 なんでか知らないけどオレは新聞配達員になりきるとこに決め、迫真の演技で真面目で哀愁ただよう好青年を演じ、喋るごとにどんどん役柄にハマっていった。

「ほーう、なるほどな‥‥。まあ事情はようわかった。使えない金なんやな。けど、事情をわかったうえで、もう一度聞くわ。その金の中から3万、いや2万でもええわ。2万円で買うてくれや。なッ、それならええやろ!」

「2万円ですか‥‥。それは計算間違いじゃ誤魔化せない金額ですね。ちょうど先週、集金したお金が30円足りなくて怒られたばかりですし。‥‥‥無理です」

「あのなぁ兄チャンよ。さっき捕まえた客なんか喜んで5万円で買ってったで。財布に入ってた金、全部やで。欲しかった物が安く買えたと感動して泣いとったわ。それをワシの心意気で2万円にしようちゅーんや。なッ、だから兄チャンの心意気も見せてくれや!」

「心意気ですか‥‥」

「そうや心意気や。ワシが聞きたかったのは最初から兄チャンの心なんや」

「‥‥わかりました。じゃあ寮に帰れば貯金箱にコツコツ貯めた小銭がありますんで集金の不足分はそれから払いますよ。でも‥2万円には‥‥足りませんけど‥‥‥」

「まーそりゃ仕方ないわな。ワシも細かい事は言わんで。で、結局、ナンボで買ってくれるんや?」

「あの〜‥‥そろそろ夕刊を配達する時間に間に合わなくなるんで、ホントにそれでお願いできますか?」

「ええやろ。ワシも鬼やない。少しくらい足らなくても、それで手を打ったろ。で、どれが欲しい? ナンボで買ってくれるんや?」






つづく