●なにわナンバー -part4-
荒勢のあまりのしつこさに話しながらこの騙しあいの会話がすっかり面倒臭くなった。けっこう時間も経ったので、この場にも慣れ、怖さも薄れてきた。それに自分が演じているお金のない苦学生からも騙して金をむしり取ろうとしているこの男にムカムカしてきた。
オレは、とにかく降りてくれるなら、もう、どうでもいい気分になっていた。
「じゃあ‥‥1000円で。1000円でそのレロックスの時計をお願いします」
「せ、1000円?!!!! 1000円てなんやそれッ! ワレッ、ナメとんのか! なんやッ? 最初から買う気なかったんかい? オッ? 冷やかしかいコラッ。こんなに手間取らせやがって。どないしてくれようかワレえええええッ〜〜〜〜〜!」
荒勢は真っ赤な顔で怒り狂い、鼻で大きく息を吸いながら、右の拳を硬く握りしめプルプル震えだした。
あーやっぱり怒ったか‥‥。
こりゃ鉄拳が飛んでくるかもしれないな。そう覚悟して、うつむいたまま静かに臨戦体制に入りディフェンスに備えていた。
すると、いきなり助手席側からフワッと新鮮な空気が入ってきた。ふと見ると荒勢があきれた顔で深く溜息をつき、ドアを開け紙袋を持って出ていく用意をしていた。
あれ? もしかしてオレは助かったのか。そう思った途端、
「買う気がないなら‥‥最初から…車停めるなやぁボケええええええッ〜〜〜!」
そう怒鳴りながら、裏拳をオレの顔面めがけて何度も寸止めしてきた。スピード感を出すためか自分で「シュッ‥‥シュッ‥‥シュッ‥‥」と息を漏らしての威嚇だった。
寸止めかよ‥。よくわかんないけど事件になるのを恐れたのか? それとも‥‥。
なんにしても、こりゃ、どうやら殴る気はなさそうだな。でも、ここで気を抜いてはいけない、更に演技を続けて怖がるフリをした。
すると荒勢の裏拳がピタリと止まりオレが怖がったことで少し満足そうな笑みを見せた。
そして紙袋を右手に持ち替え助手席から左足を外に出した。今度こそ車から出てくれそうだ。そう思っていると、しばらくそのままの状態で動かなくなった。黙ったままオレに背中を向け、外を向いたまま何かを考えている様子にみえた。その後ろ姿からは哀愁さえ感じた。
「うんガァーーーーーーーッ」
突然そう叫ぶと右手に持った紙袋をまるで砲丸投げでもするかのごとくオレに向けてフルスィングしてきた。紙袋はオレの右腕にかすってからシートにガサッと音をたてて当たった。当然、痛くも痒くもなかったが「うわーーー」とオーバーアクションで対応した。
「早く新聞配達に行けやああああああああ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!」
最後にそう言い残して荒勢はドアを閉め、オレの車から出ていった。どうやら嵐は過ぎ去ったようだ。長いストレスでずっと緊張状態だった腹筋からスゥーっと力が抜けていくのがわかった。
それにしても、よく、こんな苦しいウソを信じてくれたな。最初に正直に現金を見せたことで信用したのか?。暴力にも出なかったし。案外、そんなに悪い人じゃないのかもしれないな。
オレは、つき慣れないウソをついたことと、最初に言われた「明日には首くくらなアカンねや」という言葉が引っ掛かり、本当だった場合のことを考え、ちょっと罪悪感を感じた。いや、しかし、情に訴えるのが詐欺師の常套手段。ありえねーよ。
オレは窓を全開に開けて新鮮な空気を思う存分吸うと、今まで味わったことがないくらい空気が旨かった。そして笑顔で立川へ向かって車を発進させた。
おわり
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