●横浜ドライブ -part5- 深夜ということもあってか運よくここまでの信号はぜんぶ青だったが、前方に見える交差点の信号機が黄色に変ったのが目についた。 オレは「左折するから捕まってろーッ!」と叫びながら、減速することなくアウト・イン・アウトで交差点に進入し細いタイヤを鳴らしながらハンドルを左にきった。ジェットコースターのような運転にみんなは奇声を発し遠心力で左側のタイヤが浮いたような感じがした。 曲がってすぐにバックミラーで後方の交差点を見ていると、数秒おくれて族車が綺麗に4輪ドリフトしながら火花を散らせて進入してきた。 マシンの性能につづいてドライビングテクニックもむこうが上だ。ていうか、やっぱり赤信号なんて眼中ないみたい。 オレは直感だけで道を選択して逃走していたが、極度の方向音痴のためどこを走っているのかさえわからなかった。とにかく無我夢中で族車に追いつかれないように頑張った。横から抜かれないことだけを考え、サイドミラーで注意しながら右に左にハンドルをきって車体でブロックしていると、迷子のF1レーサーになったような気分だった。 ムスメ「ね〜?。‥‥どこにむかってるの?」 オレ「ああ‥‥大丈夫だって」 ムスメ「‥‥この道、さっきも通ったよ」 オレ「‥‥へぇ‥計算どうりだな」 チエ「右から抜かれそう〜ッ!」 オレ「‥‥見えてるよ。安心しろ」 マリエッタ「うしろの窓が『カツン、カツン』音がするよッ!!」 福田「撃ってきたーッ!」 オレ「‥‥ははは。大丈夫、大丈夫」 みんなの心配そうな声に内心ドキドキしながらも無理に明るい笑顔でポジティブに答えた。映画で観たことがある。こういう時、パイロットは心とは裏腹に乗客がパニックにならないよう冷静を装って対応するものだ。まーそれはジェット機が墜落する映画だったけどね。 オレは山下公園での鬼ごっこを思いだしていた。笑いながら悪魔のような顔で追いかけてくるマリエッタに捕まりそうになると、ベンチの上や、石や木の上などの高いところにのぼって逃げたことを。「高鬼(たかおに)」は地上より少しでも高いところにのぼればそこが安全地帯になり、鬼は捕まえることができないルールだった。 族車との鬼ごっこにルールなんて存在しないのはわかっているが、弱点があるとすれば、あのシャコタンだ。少しでも段差があれば地面すれすれのフロントスポイラーが邪魔をして、つっかえて通れないはずだ。オレは族車が近寄れないコンクリートブロックなどの縁石や段差がある場所を懸命に探していた。 そうこうしてるうちに前方にある交差点の信号機が「赤信号」に変った。 マズイッ! とうとう悪運がつきたか‥‥。 どうみてもあの赤信号を突破することはできない。とはいえ、停まることもできない。どうする‥‥。何かないのか‥‥。何かあるはずだ‥‥。信号手前でUターンするか‥‥。いや、それは危険すぎる。段差があるところも見当らない。ヤバイ‥‥。ヤバイ‥‥。ヤバイ‥‥。迫る交差点をまえにオレは為す術もなかった。 あッ?? アレだああああ〜〜〜〜〜!!! オレは心の中でガッツポーズをしながら信号手前にある安全地帯を発見した。あそこなら族車も近寄ることはできない。ウィンカーを左に点滅させながらその場所へ突進した。その名も国家権力。「派出所(交番)」だ。 縁石のあいだから車の頭を突っ込んで左車輪を歩道にのりあげると、派出所の入口と平行に車を停めた。後ろからきた族車はオレの右横を静かに通りすぎ10メートル先に停止して、こちらの様子をうかがっていた。さすがに警察官に見つかってはマズイのか、ライフル等が見えないように、真黒なフルスモークの窓をしめて外からは何も見えなかった。 このゲーム、どうやらオレの勝ちだな。どんな改造銃を持ってたとしても警察官の持つリアルな38口径「ニューナンブ」のリボルバーには適うまい。と、斜め前方に停止している族車の、顔も見えない黒い窓をニラみつけ、踊る心で警察官の登場を待っていた。すると助手席のムスメが左からささやいた。 「ねえ‥‥おまわりさん‥誰も居ないよ」 「なに〜〜〜ッ?」 マジかよ‥‥。この肝心な時に役に立たねーな。あれこれ考えているヒマはなかった。もうこうなったらアレしかない。オレは誰もいない無人の派出所に顔をむけてムスメにいった。 「ドアをあけて、警察官としゃべるフリをしろッ!」 ムスメは、一瞬、固まったように考えてからコクリとうなずくとドアを半分くらいあけて頭を外に出し、派出所の中にいる透明人間にむかって口をパクパクさせた。 合格の演技だ。つづいてオレも族車の方を指差しながら、大袈裟なアクションとポーカーフェイスでその透明人間を見つめて会話した。この距離と角度なら族車からはオレたちのことしか見えていない。派出所の中は死角になり警察官がいるかどうかはわからないはずだ。一か八かの危険な賭けだった。 交差点の信号機が青信号に変った。族車の車内では意見が別れているのか、ジワリジワリと前に進んでは停まり、また、ゆっくり動いたりしてた。でも、すぐに撤退を決意したようで、ウィンカーを点滅させながら、こっそりと逃げるように交差点を右折してオレの視界から消えていった。こうして命懸けの鬼ごっこは無事に終了した。 オレ「‥‥うは‥‥うははは。いやー上手くいったな」 ムスメ「‥‥も〜う。超、ドキドキしたわよ。うひょひょひょ」 チエ「ちょ〜と、な〜にやってるの、吹き出しそうになったわよ〜。アハハハハ」 オレ「まあ、これも計算のうちさ。うははは」 ムスメ「うひょひょひょ。この交番さっき通った時から誰も居ないのに、まさか、ここに停まるとは思わなかったわよ。ビックリしたわよ、も〜う。うひょひょ」 オレ「マジかよッ!? そうだったんだ。早くいってくれよ。うははは」 マリエッタ「悪運つえー。アッヒャヒャヒャ」 福田「しかし、よくカラまれるよな、ケンシロウは。ふははは」 チエ「ちょと〜福ちゃん。1週間は怨むからね」 福田「なーんでおれなんだよ。ふははは」 オレ「うははは。まーでも、終わってみれば楽しかっただろ? のァ? のァ? のァ?」 ムスメ「うひょひょひょ。ケンシロウ君、すごい『ハイ』になってる」 オレ「え、そうかな? うははは」 ムスメ「F1レースの勝利者インタビューとか聞くとさ、トリップしたような顔で何しゃべってるかわからないでしょ。あれって、ハイになってるんだって。うひょひょ」 チエ「へぇ〜」 マリエッタ「ホントだー。細い目がランランとしてるよ。アッヒャヒャヒャ」 オレ「よぉーし。じゃあ、もう一回やるか? うははは」 福田「ふははは。今日はもう勘弁してくれよ」 チエ「それにしても、逃げ足、チョー速え〜。アハハハハ」 恐怖が安堵に変り、なんともいえないような高揚感とともに全員が笑いキノコでも食べたかのように笑いがとまらなかった。 この日の“カラまれ”は独りじゃない。オレは恐怖を共有して語り合うことができたことがとても嬉しかった。でも一番の嬉しさは、みんなが無事であったこと。事故ることなくドライバーとしての使命をまっとうし外敵から護りぬいたことだ。 この後、眠さも疲れもどこかに吹っ飛んでしまい、族車のネタで東京に着くまでエンドレスで笑いまくった。 明日、バイトが早いというムスメと、モデルの仕事があるマリエッタを優先して降ろし、残り3人で吉祥寺のデニーズで夜食を喰った。店内でも高揚感の高まりは消えず酒も呑んでないのにどのグループよりも騒がしく、外が明るくなるのも気がつかずに笑いころげた。 「死」の恐怖を回避して「生」を実感しながら食べたハンバーグステーキ・ガーリックソースは、その日に中華街で食べたどの料理よりも美味しく感じた。 おわり |