●道化師 -part3- 「おら、早くヤレっていってんだよ!」 ピラニアがオレの左腕を棒で軽く小突きながら催促した。場は緊迫を増してオレはふたたび狂気の3人組と対峙し、黙秘することで拒否の態度をしめした。 こんな無茶苦茶な要求をのむわけにはいかない。頭の中ではどうやってこの窮地をのりこえようかと懸命に考え、次ぎの言葉が針のとんだレコードのように繰り返しリピートしていた。 ニグロ、ニグロ、サーファー。ニグロ、ニグロ、サーファー。ニグロ、ニグロ、サーファー‥‥‥。 3人の持つ棒は直径がトイレットペーパーの芯ぐらいの太さ。長さは50センチというところか。人間を撲殺するのにはとても適している。 痩せこけた身体とはいえ魚顔の2人はおそらくシンナー中毒のラリパッパ。とうぜん理性的な人間ではないだろう。倒されれば動かなくなるまで際限なく殴りつづけるにちがいない。腕力はなさそうだが棒という武器を持つことによって戦闘能力は格段にアップしているはずだ。 「おい。聞こえねーのかよ!」 ピラニアは棒の先端でオレの胸部から腹部にかけての数カ所を軽く押し込むように突いてきた。オレは直立不動の姿勢のまま全身の筋肉に力をこめて黙ってそれを受けた。 「ほ〜う。けっこう鍛えてるじゃねーかよコノヤロォ‥‥」 どうやらオレが着ているアロハシャツの中身、身体に筋肉があるのか、硬いのか柔らかいのかを調べている様子だった。中学の頃は水泳部で毎日鍛え、高校からは直接打撃制の拳法の道場に通っていた。見るからに運動とは無縁っぽいピラニアと比べれば筋肉はついている。 「オラッ‥‥おらッ‥‥オラッ!」 ピラニアの攻撃は何かを試すようにだんだんと強くなり、腹部をドスで刺すように何度が突いてきた。でも、そんな中途半端な打撃じゃ痛みをまるで感じないので、胸をはったまま微動だにせず、ピラニアの甚平からのぞく骨と皮だけの胸骨をみつめていた。 この手の輩は自分よりも弱い者、無抵抗の者にはめっぽう強いが、自分より強いとか、反撃してくるとわかれば危険はおかさないはずだ。自分は怪我をしたくないというのが正直な気持ちだろう。 こんなところで戦いたくはない。まして3対1だ。肉体にダメージを受けることなく制圧することは困難だろう。ヘタをすれば殺されるかもしれない。 だけど、さっきナンパしたばかりで何の感情もないとはいえ、オレにはルカを護る責任がある。相手が退いてくれるのが一番ベストだが、危険がおよべは自衛のために戦いも辞さない覚悟だった。 背後はすぐ海、逃げ道はない。これがほんとの背水の陣か。オレはゆっくり拳を握りしめ徹底抗戦の構えがあることをアピールした。 台風は去ったはずなのにオレを中心とした半径3メートルだけ950ヘクトパスカルの暴風雨に襲われていた。ナンパすることがこんなに命がけな行為だとは思いもしなかった。うしろから長槍で刺されるようなルカの視線を感じながら、不純な動機で海を渡った自分を深く反省した。 「なに余裕こいてんだコノヤロォォォーッ!!」 ピラニアはビリヤードでもやるかのように棒を持った腕を大きく後ろに引いた。今度の攻撃はさすがに痛そうだ。オレは直立不動の姿勢をくずし右足を一歩うしろに下げると、半身になりながら波乗りのようなポーズで防御にそなえた。やはり戦うしか道はないのか。のっぴきならない状況に全神経はピラニアの動作に集中。己の闘争本能に身を委ねた。と、その時、ピラニアのうしろからドスのきいた聞きなれない声がきこえた。 「もういい加減にしろよ」 いままでひとことも喋らなかったサーファーが、ピラニアのアクションを制止するよう静かに口をひらいた。が、デットヒートしているピラニアはそれを完全無視。オレをロックオンしたまま今にも襲いかかる寸前だった。 「ヤメロッて言ッてんだよッ!!」 突然、雷が落ちるようにサーファーはまさかの大激怒。喧嘩ごしに後ろからピラニアの甚平に掴みかかると力づくで制止をよびかけ、納得のいかない顔をしたピラニアと押し問答をはじめた。 テレパシーが通じたのか、いい風がオレに吹いた。いいぞサーファーその調子だ。すぐあとに左後ろからオレを呼ぶルカの声もきこえたので、ピッチャーマウンドから一塁を牽制するよう首を動かすと5〜6メートル離れたところにルカが移動しているのがわかった。 あれ? いつのまに?。あそこまでいけたなら走ったら逃げられるんじゃないか。オレはなんのためにピラニアと戦おうとしてるんだ?‥‥。 「なんでヤメるんだよッ!? こいつ生意気だから殺っちまおうぜッ!」 ピラニアはサーファーを振りきろうとシャウトしながら懸命に抵抗。オレへの攻撃を諦めきれないようだった。 ここが勝負どころ。戦わずに済むかもしれない。頭に電球が光り作戦が閃いた。ピラニアを沈静させるためオレは自分の腹を片手でおさえながら身体をくの字に曲げた。そして、あたかも今までの攻撃が効いていたのに我慢してたようなパフォーマンスをとり痛がることにした。 中学2年の休み時間、よくプロレスをしてみんなで遊んだことを思い出していた。ロープに投げられれば自分から戻ってこなければいけない。技をかけられれば痛くもないのにダメージがあるよう演じなければいけない。それはお約束として暗黙のルールで決まっていた。「かもめのジョナサン」これがオレのリングネームだ。トリッキーな技で相手を翻弄するのがファイトスタイル。タッグチームだが段ボールで作ったチャンピオンベルトを巻いたこともある。いけるはずだ。オレは苦しみの表情から顔を上げてピラニアを見た。 ‥‥ていうか、もうオレのほう見てねーし! 口論は激化。サーファーはピラニアの胸ぐらを掴みながら左右に揺さぶっている最中だった。となりにいるオコゼは慌てふためき、言葉でピラニアに加勢しつつ怒りの爆発したサーファーを必死になだめようとしていた。接近して捕まえてしまえばあの棒も役にはたたない。体力で勝るサーファーに振り回されピラニアは成す術もなかった。少し淋しく感じたが、なんて素敵な光景なんだ。 この3人も幼馴染みなのだろうか。どのグループにも熱い男がいるもんだ。ナンパしにきたのに喧嘩ばかりしている2人に我慢の限界を超えた。そんな感じに思えた。 それにしても大人しそうにみえたサーファーがこれほど気合いのはいった男だとは思いもしなかった。もしかしたら普通の女の子をナンパするために偽りのファッションをしているのか。人を見かけで判断してはいけないことを学んだ。オレはただ呆然と3人の紛争をながめていた。 「ねえ‥行こう。もう行こうよぉ〜」 ふと気がつくとルカがオレの左腕をひっぱり立ち去るよう促した。たしかにもうオレに用事はなさそうだ。ルカは身体をグイグイ密着させながら腕組をし、興奮した声で「大丈夫、大丈夫?」とオレの身を案じながら砂浜の出口にむかって歩きだした。もちろん何処もなんともない。オレは笑顔で平気だと答えた。 「オアッ、オアッ、オ‥‥‥」 オコゼの甲高い声もやんだ。サーファーに葬られたのかどうかは分からない。オレは振り向くこともなくルカと腕を組んだまま歩きつづけた。左腕に感じたやわらかい感触が脳に伝達。ルカがノーブラであったことに気がついた。また複雑な気持ちになると同時に違った緊張感におそわれた。ドキドキしたまま暗黒の世界から生還。街灯があるところまでたどり着いた。ここまで来ればもう安心。ホッと胸を撫で下ろしルカを見た。 ‥‥魔法がとけた瞬間だった。 こうして夏のイベントは終わりオレは無事に島を出ることができた。 おわり |