第35回





●免許とレッドゾーン  (Part1)




 
 幼少の頃から沢山の単車に囲まれていた。
カワサキの「MACH3」に「Z2」など、一番多い時で7台の単車が家にあり、塀の外にも毎日のように単車がズラリと並んでいた。
 7台の単車は長兄の所有する物で外に並んでいたのは仲間の物。みんな背中にチーム名が縫いつけられた揃いの革ジャンを着ていた。単車はどれも念入りに整備され輝くほどにピカピカ。よく外で単車をイジっていた。
 庭にはタイヤをはじめマフラーやプラグなどの部品が散乱。オレの遊び道具にもなっていたが、幼いオレが真似をして単車に触ろうとすると「危ない」と言われ鬼のような形相で怒られた。

 長兄が車の免許を取り「ファイアーバード・トランザム」に乗るようになると今度は無線機が装備された威圧的な車が集まってきた。
 この頃には長兄と一つ違いの次兄も車を所有。長兄と同じように無線機を付けた「初代フェアレディーZ」に乗り、仲間はやはり「カマロ」などのマッスルカーに乗ってガボガボいいながら遊びにきた。
 するとカワサキの単車はひとり上の兄者に受け継がれ、やはり外には沢山の単車。長兄とは違ったチーム名の服を着た仲間達がわんさか家に押し寄せた。

 年の離れた3人の兄者達はみな友達が多く、その友達が入れ代わり立ち代わり大勢遊びに来るので家の中は常ににぎやかでお祭り騒ぎ。
 兄者達が誰も家にいなくても挨拶と同時に家にあがりこみ、食卓でお袋の手料理を食べているひと。外で洗車してるひと。自分の家に帰らないで居候してるひと。など、いろいろなひとがいた。みんな優しくて面白いひとばかり。おチビさんのオレともよく遊んでくれた。

 ひとり上の兄者の部屋は玄関の隣にあり庭からも出入りできた。広くない部屋はいつも仲間達であふれ、単車や車や喧嘩の話しで盛り上っていた。幼いオレにはまだわからないこともあったが、兄者達の話すノンフィクションでホットな話しはとても面白かった。なので笑い声が聞こえると急いで兄者の部屋に行き、部屋のスミに強引にもぐり込んでは一緒になって話しを聞いた。
 庭はあいかわらず単車の部品が散乱していたが、兄者の部屋の前には何本もの木刀やゴルフクラブ、バットに水中銃なども無造作に置かれるようになった。木刀はまだ重たかったけど、やはりオレの遊び道具になり近所の子らとチャンバラして遊んだ。

 何時のころか長兄がバイク雑誌のグラビアに何ページにもわたって出ることがあった。女性を乗せたサイドカーで海辺を走ったり、見開きにひとり黒い革ツナギを着てハカイダーのように写っている写真などが載っていた。ページをめくるとサーキットでレースに出ている写真もあり何度か優勝していたことがわかった。
「週間プレイボーイ」の特集ページにひとり上の兄者のチームが、モノクロだけど写真入りで載ったこともあった。まだ習ってない漢字もあって内容は細かく覚えてないが、そこには「抗争」「敵対チーム」「検問突破」などの単語が並び、

「カミナリ族」

 という文字がタイトルに書かれていた。その時になってようやく点と線がむすびつき、兄者達のような単車のチームを「カミナリ族」と呼ぶことがわかり、長兄と、ひとり上の兄者はチームの「リーダー」だったことに気がついた。
 じきにひとり上の兄者も車の免許を取得。そのままカミナリ族の仲間達と共に、長兄と次兄がいる「ホニャララ会」という軍団に入っていった。この時点ではその軍団が何なのか小学生のオレは知るよしもなかったが、4人兄弟なのにひとりだけ仲間に入れないのが少し淋しかった。

 月日は流れオレもようやくバイクの免許が取れる年齢に近づいた。やっと兄者達の仲間入りができる。当然のようにバイク雑誌を買いあさり乗りたいバイクを探した。80年代初頭はカワサキの「Z400FX」やホンダの「CB400F」などが人気で、欲しいバイクはいろいろあったが、オレ的にはヤマハの「XJ400」か「RZ350」に乗りたいと思った。
 ある晩、食卓にはテレビを見ているお袋と、ひとり上の兄者が静かに座っていた。ナイスなタイミングだ。オレはバイク雑誌を片手に、欲しいと思うバイクが載ってるページに折り目をつけ、ウキウキとお袋の元へ明るく言いよった。

オレ「ねー。そろそろバイクの免許を取ろうと思うんだけど」

お袋「へぇ〜、誰が?」

兄者「‥‥」

オレ「誰がって、もうすぐ16歳だよ。バイクの免許取れるんだよ」

お袋「バイクってオートバイ? ああ‥それはダメよ」

兄者「‥‥‥」

オレ「だ‥‥ダメえええッ?! ダメッてどういうことッ??」

お袋「あ〜ぶぅ〜ない」

兄者「‥‥‥‥」

オレ「ええーッ? 何で何でえ‥?。 危ないって言ったって‥‥えッ? 兄弟みんな大型バイク乗ってたじゃん。中型免許ならいいでしょ?。ねえ? ちゃんと安全運転して乗れば危なくないよねー?。兄者からも説明してよぅ」

兄者「‥‥‥‥‥危ない」
   
 なあああああああッ。もしもの時はとうぜん援護射撃してくれると思っていた兄者は、あっさりとお袋の味方についた。
 オレは「くれくれタコラ」のように身体をよじりながら心の中で終わったとつぶやき、この時点で交渉の終焉を予感した。

 家は軍隊のように規律が厳しいところがあり、下の者が上の者に口答えすることは昔から許されなかった。「でも」とか「だって」は無論。白いものでも上が黒といえば黒になることがあった。だからかどうかはわからないが、上3人の兄弟は年が近いにもかかわらず小さい頃から口喧嘩もしなかった。
 家族一。いや、町内一無口にして、喧嘩に勝つためには手段を選ばず非情。ひとり上の兄者はカミナリ族時代、敵対チームを先頭きって潰しまくり恐れられていた。仲間達からは「喧嘩の鬼」と呼ばれ家の外では無敵を誇っていたが、長兄、次兄には絶対に逆らわなかった。

 その長兄も「人を殴るのが趣味」とまで言われるほど、日々戦いに明け暮れる喧嘩無敗の猛者。心臓に毛が生えていると噂されるようなクソ度胸。気にいらない者は、たとえ本職のヤクザでもかまわずブッ飛ばすので、ひとり上の兄者よりもワンランク上の戦い。刃物や銃弾が当たりまえに飛び交う命のやり取りの喧嘩をしていた。
 そんな命知らずで誰よりも気が短く、外では恐いものがない長兄も、オヤジとお袋の言うことに反抗することはなかった。特に家での最高権力者であるお袋に小言をいわれると、不思議なほど、魔法にかかったように大人しくなった。

 結局のところオレは中型免許を取らせてもらえなかった。誰がなんと言おうとお袋がNOといえばそれまで。決定は覆せない。それでもオレは小さいころより憧れたバイクという乗物にどうしても乗りたかった。執念で交渉するとなんとか原付免許のみを条件として、ようやくお袋が首を縦にふった。

 この時すでに30歳を過ぎていた長兄は不動産屋を営んでいたが、カタギとは思えない風貌でいまだ暴力の世界に生き、裏では何をしてるのかわからなかった。
 ある日、地元のワルい同級生に「おまえのアニキって“ホニャララ会”の“会長”なんだってな」と言われ、それが想像以上にヤバイ組織であることを教えてもらった。
 でも、カミナリ族時代の仲間を店長に小さなバイクショップも経営。自分でもホンダの大型バイクに乗るほど変らぬバイク好きだった。
 原付免許を取ったオレはさっそくスクーターのカタログを片手に、ワクワクしながら長兄のところへ電話した。

オレ「もしもし」

長兄「おお。どうした? 欲しいバイク見つかったのか?」

オレ「うん♪。いろいろ悩んだけど、やっぱこの“パッソル”が今出てる中ではカッコイイかなっと思ってさ」

長兄「ああ、パッソルな。まあカッコウはいいよな、遅いけど」

オレ「いまカタログ見てるんだけど、この限定販売のやつ。赤に金のホイールか、真っ黒いやつ。このどっちかにしようと思うんだけど」

長兄「ああ、あれなぁ‥‥。でもパッソルはヤマハだからな。他は?」

オレ「えッ‥‥ヤマハだとなんか問題あるの? カタログこれしかないよ」

長兄「おいおい。まさか、実の兄貴が“ホンダ”のバイク屋やってるのに、その弟が“ヤマハ”のバイクに乗るつもりじゃねーだろうなぁ‥‥」

オレ「ええ〜ッ?‥‥‥ダッ‥ダメええ?」

 このあと、受話器の中から口のでかい恐竜が襲ってくるように怒鳴られ、オレは耳から受話器を遠のけ青ざめた。
 なんだかんだと一方的に長兄はいう。でもホンダのスクーターで欲しいものはなかったので頑張って交渉した。しかし相手は交渉のプロ。言葉のやり取りをしてるうちに、スクーターなんかどれでもいいような感じがしてきた。そして、いつのまにか長兄の薦めた車種に同意している自分がいた。
 最後に「じゃあ、色は何色がいいんだよ?」との問いに「白‥‥」と答えて電話を切った。しばらく呆然としながらゆっくりと受話器を置き、汗で湿った手でホッと胸を撫で下ろした。

 数日後、家の前に運ばれてきたのは「ヤマハ・パッソル」の対抗馬として発売されたばかりの「ホンダ・スカイ」という真っ白なスクーター。
 オレにはタイヤのついた豆腐にしか見えなかった。けれど「現在発売されているスクーターの中では、一番“加速”がよくて速い」。と長兄がいっていたので、それがせめてもの魅力だった。
 しかし、この「加速」がこのあと起こる事件を大きく左右した。



つづく