●免許とレッドゾーン (Part2)
何もかもが白いスクーター。近所をひと回りするとプラモデルに乗ってるような気分がした。確かに加速はいいがそれだけ。なんてカッコ悪いスクーターなんだ。腕組みをしながらスクーターを見下ろすオレ。
そうだカスタムしよう。
白いボディーがキャンバスに見えた。ディスカウントショップに行き材料を集める。ステッカーチューンのはじまりだ。
紺と水色のカッティングシートを切り「XJ400」や「RZ350」にあるようなグラデーションのラインを貼りつける。それに合わせ青いグリップに黒のZ2ミラー。足を置くステップ部分は人工芝を敷くのが流行っていたが、そこには青い車用のマットを敷いた。
とどめに当時、映画館で観た「汚れた英雄」を意識してフロント部分にゼッケン「62」のステッカー。草刈正雄が乗っていたマシン。それに付いていたスポンサーシールをペタペタ貼った。完成だ。
思いのほかそれは悦にいり不思議と愛着がわいてきた。これなら0.1秒(コンマイチ)のエクスタシーを感じながら走れるに違いない。エンジン始動。グリップをひねるとローズマリー・バトラーの熱唱する「バーニング・ハート」が頭の中で鳴り響く。オレは昂揚しながら得意気に街中を駆け抜けた。半分ヤケクソではじめたステッカーチューン。これが項を奏じ走るごとにこの車種に満足している自分がいた。
その日は土曜日だった。
いつものように「オレたちひょうきん族」を観終わると、エンディングでEPOの唄う「DOWN TOWN」が流れた。もう9時か。時計を見ながらスクーターを外に出しっぱなしにしていたことに気がついた。本来ならこれから街にくり出す時間。けれど、たまには家にいるかと玄関のドアを開け、門の外に停めてあるスクーターをしまおうとした。
あれ? スクーターがないよ‥‥。
サンダル履きで外に出ると霧雨が降っていた。オレは門の前でたたずみ辺りを見渡し考えた。はは〜ん。ヤツら隠しやがったな。ヤツらというのは幼稚園から続く幼なじみの連中。いつも路上に集まっては夜な夜な遊ぶ楽しい仲間達だ。きっとギャグだろう。ギャグでスクーターを隠し、オレが慌てふためく姿をどこかで見ながら笑っているに違いない。5〜6人もいれば簡単に運べるだろう。オレは冷静な顔でヤツらが隠れていそうな駐車場の中、アパートやマンションの奥など、半径20メートルを隈無く捜した。
誰もいない‥‥スクーターも見当らない‥‥。
マジかよ。もしかして盗まれたのか‥‥?
最後の望みとばかり声に出していってみた。
「ギブギブ。もう降参だよ‥‥お〜い‥」 反応なし。スクーターは盗まれたことが確定した。ガックリと肩を落とし落込みながら家に戻る。コウモリ傘を手にとるとそのまま自転車に乗り、駅前の交番まで被害届を出しにいった。
途中、仲間達の家に寄るも外出中。今日にかぎって誰もいやしない。携帯電話のない時代は一度外に出ると連絡が取れない。あきらめて交番に直行した。
被害届を書き終わると霧雨がやんでいた。コウモリ傘を自転車のカゴにいれ家へと向う。道中、頭の中はスクーターのことばかり。かなり気に入っていただけにショックはデカい。でも盗まれたものは仕方がない。盗難バイクが見つかる可能性は低いが、あとは警察に任せよう。切ない思いで自転車を漕いだ。
家の近くまできた。この辺りはまだ空き地や駐車場が多く、場所によっては街灯も無い真っ暗なところがあった。無灯火なオレは暗闇を避けて明るい道を走っていた。すると、ふと見た暗闇の中に四角いライトが薄暗く光ったのが目に入った。
光りは一瞬。その後、弱々しく消えていった。
え‥‥?。もしかして‥‥。
万が一の期待をこめてその暗闇の中へと静かに自転車を漕いだ。そこは高い塀で囲まれた地主さんの大きな屋敷があり、廻りは広い駐車場。いつも数台の大きなダンプカーが停まっていた。ドキドキしながらゆるりゆるりと近づくと、また四角いライトが輝いた。今度は消えずに点きっぱなし。
直結だッ!
対象を目視できる距離までくるとゼッケン「62」が見えた。
間違いない。やはりオレのスクーターだッ!。
見た事ない2人組の不良。ひとりがスクーターに跨がっている。素知らぬ顔で更に近づくと、2人組はさも自分のスクーターであるかのように自然を装いながら移動をはじめた。サイドにあるブルーのグラデーションラインも確認。オレ以外の誰のものでもない。胸元がゾワゾワざわめき怒りが込み上げてきた。
2人組はダンプカーの間を抜けて前の道に出ようとしていた。エンジンは既にかかっている。ためらっている時間はない。けれど相手は2人。声をかければ確実に闘いになるだろう。勝てるのか?。張り詰めた心でオレは自分のスクーターを目で追いながら葛藤した。そして決断。
奥歯を噛み締めながら後ろから近づくと2人組に向かってこういった。
「おいッ、おまえらッ!」
闘いを覚悟して声をかけたものの2人組は異常に驚いたらしく、その瞬間オレの予想とは裏腹に左右別々の方向に逃げだした。んなッ‥‥。左にスクーター。右は駆け足。気持ち的に2人同時に追いかけようとしたオレは、勢いあまって自転車を倒してしまった。
「待てコラあああああああああああああああッ!!」
オレは無我夢中で左に逃げたスクーターを自分の足で追いかけた。相手は焦った発進でフラフラしている。まだこの距離なら追いつけるはず。オレは全速力で走りながら発狂したように腹の底から大声をだして追跡した。
「泥棒おおおおおおおおおおッ!!」
火事場のクソ力とはこのことか。自分でも驚くほどのスピードが出た。まるで自分がバイクになったみたいだ。どんどんそいつの背中が近くに見える。
もう少し、もう少しでヤツの背中に手が届く。
あとちょっと、あとちょっとだ、いける。
手を伸ばした瞬間、
あろうことか、オレのスクーターが凄い勢いで加速した。そっち行っちゃダメだああああああ。
惜しいところでまた距離を離された。が、そいつもイキナリの加速に驚いたのか、咄嗟に脇道を右折しようとしてバランスを崩し、民家の塀にズリズリと身体を擦りつけた。
しめたッ。倒れる。オレは狂気の中にいた。
怒声と共に走りながら怒りのタコメーターはレッドゾーンを越え、捕まえた時には相手に何をするのか想像もつかず、自分自身を恐いと思った。普段の喧嘩とはわけが違う、もう一段上の怒りがあることをこのとき知った。
結局のところスクーターはバランスを取り戻し倒れずに走りだした。サンダルで走るのは限界。みるみるオレの前から離れていった。
最後にそいつは横を向きながら「アカンベー」と舌を出し、オレのスクーターとともに視界から消えていった。その場で絶叫するオレ。これほど悔しく悲しいことはない。自分のスクーターが目の前から逃げていくなんて。
全身が燃えるように熱い。
「フゥー、フゥー」肩で大きく息をする。手負いの獣になったみたいだ。
それにしても、サザエさんじゃあるまいし実際に泥棒を追いかけるとは夢にも思わなかった。寸前のところで逃げられたのはアンラッキーかもしれない。でも、あのとき捕まえていたら傷害事件をおこしたかもしれない。そう考えればラッキーなんだと自分にいい聞かせた。
脳裏に焼き付いた横顔。興奮状態のまま自転車に乗り家に帰る。家の前には数人の人陰と笑い声。7人の仲間達が無邪気に集結していた。オレに気づいた仲間のひとりがいった。
「あ、帰ってきた帰ってきた。今日はゲームセンターに行ってたんだよ。“クレイジークライマー”に燃えちゃてさ。あははは」
「‥‥‥そうなんだ」
平静を装いながら自転車を止める。笑顔にはなれない。攻撃的な感情を押し殺し、悟られないよう気を鎮めた。みんなはスクーターを盗まれたことを知らない。関係のないことだ。オレは場の空気を乱さないよう大人しくしていた。
「あれッ? なんかケンシロウが怒ってるぞ?」
幼稚園から一緒だとちょっとした表情からも分かるらしい。注目されたオレは怒ってないよと、やわらかく答えた。
「あ、やっぱ怒ってる。怒ってる怒ってるー。あははは」
普段は人一倍の平和主義者。そのオレが怒っているのがよほど珍しかったのだろう。仲間達は笑いながら「怒ってるコール」を繰り返す。いつもなら軽く流すところだが、この時ばかりは冗談は通じなかった。仲間達は地雷を踏んだ。
「うるさいッ! 怒ってねーッよおおおおおおおッ!」
怒りは爆発。オレは右手で自転車のカゴからコウモリ傘を抜きとり、家の門に向かってそれをフルスイングした。コウモリ傘は木っ端微塵。みんな一瞬で静かになった。自分でも驚いた。そんなつもりじゃなかったのに。物にあたったのは初めてだった。くの字に曲がったコウモリ傘。オレの知らない自分がそれを見つめていた。
これまでの経緯を話す。それを聞いた仲間達も一緒になって怒った。まだ近くに犯人がいるかもしれない。手分けして捜そうという流れになった。
見つかるわけがない。気持ちだけで充分だ。オレはそう思っていたが、真剣な顔をした仲間達の手助けを断ることはできなかった。
こうして犯人捜しを開始。仲間達は各方面にバラバラに散っていった。2度おなじ失敗はできない。もしもの時を考えてサンダルから革靴に履き替える。そして、また自転車に乗り犯人の足取りを追った。
直結の現場に遭遇しただけでも凄い確率だ。偶然がそう続くとは思えない。しかし、この後、さらなる奇遇が待ち構えていた。
つづく