●免許とレッドゾーン (Part3)
犯人を捕り逃がした現場から西へ1キロ。
勘を働かせながら碁盤の目のような住宅街をやみくもに走った。自分が犯人だったらどこへ逃げるだろう。どのように行動するだろう。犯人の気持ちになって考える。ふと駆け足で逃げた共犯者のことが気になった。仲間を見捨てて逃げるだろうか。どこかで合流を考えるに違いない。来た道とは違う経路でUターン。捜査範囲を現場から500メートル圏内に絞った。戻っている途中、
見つけたッ!
ひとけのない道のど真ん中にオレのスクーターが乗り捨ててあるのを発見。ビックリした表情でスクーターのもとへ近寄る。まさか本当に再会できるとは。自転車を降りてスクーターに跨がると何ともいえない喜びがあった。
無惨に壊された鍵穴。直結の傷跡が生々しかった。他に破損はないか調べていると、突然、背後から人の視線を感じた。誰かがこっちを見ている。
気配がした方向に素早く振り向くと、一軒家の2階の窓に人陰が。オレが振り向くと同時にカーテンを閉めて顔を隠した。なんだ?。
暗い住宅街で一軒だけ明かりのある部屋。揺れるカーテンの後ろには人のシルエットが動いている。不振に思ったオレは瞬きせずにその部屋を凝視した。
しばらくすると、部屋の電気が消えた。そして、またカーテンを少し開けてコチラの様子をうかがっている。
え? まさか‥‥もしかして犯人なのか?。
馬鹿な。こんな自分の家の近くに盗難バイクを乗り捨てるなんて考えられない。いや、でも犯人が頭の悪い中学生だとしたら‥‥。疑問をいだきながらもスクーターを押してその家をあとにした。
帰宅するとすでに仲間達が集まっていた。一応、見つけた場所と疑惑の人陰のことを報告する。すると仲間のひとりがいった。
「絶対そいつが犯人だよッ! 中坊だよ中坊ッ!」
オレ以外の全員がその意見に賛同。その家に押し掛けようという流れになった。2階の部屋から誰かが見てたのは確かだが、顔は見えなかった。憶測で他人様の家に行くことはできない。オレは躊躇していた。
その時、自転車に乗った警察官が家の前を通った。被害届を出したとき交番にいた警察官だ。事情を説明し無事にスクーターが戻ったことを伝えると、警察官は目を光らせながら口をひらいた。
「念のためその家に行ってみましょうか。顔を確認できれば犯人かどうかわかりますよね。そうじゃなくても犯人を見ている可能性もありますし」
桜田門が一緒なら話しは別だ。警察官ひとりを含む9人でふたたび疑惑の家へと向かうことになった。
警察官がインターフォンを鳴らすと玄関から50代くらいのオジサンとオバサンが出てきた。警察官はやさしく丁寧な口調で事の次第を説明する。それを聞いたオジサンは挙動不信になり、うつむき加減に弱々しくこう答えた。
「う‥‥うちに息子はいません。に‥‥2階の部屋には誰もいません‥‥
」
あきらかに怪しい言動。嘘を言っているのは明白だ。2階に人がいたのは事実だし。オレが幽霊を見たとでも言いたいのか。仲間達はオレのもとに集まり左右から耳打ちした。
「このオジサン、自分の息子をかばってるんだよ」。みんな口を揃えてそういった。
オレはゆっくり頷きながら、また頭に血が昇っていくのを感じた。リーダー不在のこのグループ。この日はオレが中心だった。
小学生の頃を思い出す‥‥‥‥。
小さい頃から喧嘩に負けることを許されなかったオレ。泣きながら家に帰るとお袋に怒られ、あたりまえのように再戦にいかされた。
喧嘩の理由や言い訳は聞いてくれない。相手の人数、体格、年齢もいっさい聞かれないので、相手が複数で4つも年上の場合、身の丈ほどもある工事用スコップを引きずり喧嘩相手の家に殴りこんだ。
兄者達も泣き虫のオレが恥ずかしかったのだろう。実戦より学んだ喧嘩殺法を徹底的にオレに教えこみ日々特訓させた。
弟とは兄の背中を追い掛けるもの。いつの日かオレは好戦的な少年に成長。友達をイジメているヤツがいれば喜んでそいつと戦い、5年生の時はクラスの仲間を引き連れて6年生の教室に殴りこんだこともあった。その時は大問題になり会議室に数十人が集められ喧嘩騒動の中心人物としてこっぴどく先生に叱られた。
そんなことを繰り返していたある日、お袋にいわれた言葉がオレを変えた。
「もう暴力をふるっちゃダメッ!」
突然の教育方針の変更はオレの精神に深く突き刺さった。いま思えば長兄のようになることを心配したのだろう。それ以来、暴力をふるおうとするとピタリと拳がとまり、中学時代は喧嘩することもなく平和に過ごした。
この日の出来事は封印されていたオレのポテンシャルに火を付けた。
アドレナリンが噴き出し戦闘モードにはいったことを全身で感じた。門をはさんで正面にいるオジサンを睨みつける。そして堰き切ったように自分はウソをついてないことを早口で播くし立てた。それに続き仲間達も騒ぎ出し四方八方からオジサンを責めたて自白を促した。
警察官もオレの言葉を信じてくれたようだ。ドラマに出てくるベテラン刑事のように容疑者をかばわないよう説得を続ける。それでもオジサンは口を割らない。よほど自分の息子が可愛いのか、2階の部屋には誰も行ってないと繰り返した。
と、その時。一台の乗用車が道にはいってきてオレらの前で停まった。どうやらこの家の家族らしい。若いお姉さんがハンドルを握っていた。物々しい雰囲気に戸惑いがらも駐車スペースに車をしまおうとしている。
このお姉さんに聞けば真相がわかる。ここでの出来事は何も知らないはず。オレらはお姉さんを取り囲み、藪から棒に弟がいるかどうかを尋ねた。
「え? うちに弟はいませんけど‥‥‥」
それを聞いた全員がその場で固まった。オジサンのいうことは本当だった。でもオレもウソは言ってない。それじゃあ2階のカーテンが揺れたのは何だったんだ。一気にあたり一面がオカルトな雰囲気に包まれた。沈黙の中、
パンドラの箱がひらくように玄関のドアがあいて声が聞こえた。
「わ〜た〜し〜ですぅ」
ドアから出てきたのは白髪のおばあさん。オジサンの後ろで申し訳なさそうにうつむいている。一瞬、何をいっているのかわからなかった。
わたしですって何のこと‥‥‥‥?。
まてよ‥‥もしかして2階から見ていたのが“わたしです”ってこと?
ええええ‥‥‥‥ッ?。
頭に昇っていた血が急降下。革靴の中に溜まっていくような感じがした。恥ずかしさで顔が火照る。オレはなんてことをしてしまったんだ。2階の窓を見上げて溜息をつく。
「や‥‥夜分に‥大変申し訳ありませんでした」
オレは深々と頭を下げその家族にあやまった。結局のところ、そのおばあさんも犯人を見ていなかった。いつも8時には寝るらしく、たまたまトイレに起きたときに物音がしたから外を見たそうだ。オジサンも寝ているはずのおばあさんが娘の部屋にいったことは知らなかったらしい。
こうして事件は迷宮入り。もう犯人のことなどどうでもよくなった。オレはいつもの気の長い男に戻り、早速おばあさんの物マネをする仲間達を見て笑いころげた。
おわり