第38回





●日給2万円  (Part1)




 
 朝の8時。高校生のオレは幼なじみの羽黒と二人、西新宿の妖し気な事務所に来ていた。
 3坪ほどの狭い事務所はダンボールの箱で埋めつくされひとが入る隙間もない。外に溢れるひとの群れ。オレらはアルバイトに来ていた。
 前日にアルバイト雑誌で見つけた「日給2万円以上」の文字。オレらはそれに飛びついた。日給2万円というのは当時の高校生には驚くほどの高給だ。当然、妖しい匂いはぷんぷんしていたが、何ごとも経験してみないとわからない。仕事内容は物販と書いてあったので何かを店頭で売るものだと思っていた。

 履歴書と引き換えにオレンジ色の買い物カゴを渡される。なんだコレ?。カゴの中にはイカの燻製、ホタテの貝柱、柿ピーなど、北海道名産と書かれた加工食品が数種類はいっていた。
 まさか、これを売れというのか。
 全員に買い物カゴがいきわたったところで社長らしきひとが説明する。どうやらこれから行くところでこの商品を売るらしい。そして、売った金額の10%がバイト代として支払われる完全歩合制であることを教えられた。
 1300円のイカの燻製をひとつ売ると130円。300円の柿ピーを売ると30円が貰える計算だ。てことは、いったい何個売れば2万円になるのだろう。と、考える間もなくライトバンに乗せられ新宿を出た。

 この日は想像以上にアルバイトの人数が多かったらしく、会社が用意した5台の車には8人〜10人が強引に詰め込まれ明らかな定員オーバー。
「すぐ着きますから大丈夫ですよ」といって乗用車のトランクにいれられたヤツもいた。ほんとうに大丈夫なのかこの会社。オレと羽黒もヨガでもやるような、ありえない姿勢で買い物カゴを持ったまま目的地まで我慢した。
 最初に来たのは池袋の都営団地。ここで一軒一軒、訪問販売するらしい。
「10時に迎えにきますから」
 そういってライトバンは去っていった。オレらは分かれて各棟を訪問。一階から4階までの階段を駆け上がり端から順にインターフォンを押しまくる。販売開始。

「失礼しまーす。。あの〜日本食販ですけど‥‥。北海道名産のイカの燻製、薄切りサラミ、イカの塩辛、えーと‥‥柿ピーなどは如何ですか?」

「結構です」

 慣れない販売は思いのほか難しかった。ほとんどがドアも開けてくれずインターフォンごしに即答。つめたくあしらわれた。たまに「日本信販」と聞き間違えたひとがドアを開けてくれるも、どの棟にいっても反応は同じだった。
 夜までに1000円級の商品を200個は売らないと2万円は貰えない。オレは広い団地の中を必死で走った。

 次ぎに行った団地はドアを開けて話しを聞いてくれるひとが多かった。が、開けても開けても玄関に出てくるのはお婆さん。老人だらけの団地だった。
「買ってあげたいけどねぇ。わたしは歯が悪いから噛めないのよ」
 ほとんどがそんな返答。ひとつも売れなかった。

 お昼になるとまた移動。車は板橋に向かった。途中、思い出したように運転手が昼食のはなしを切り出した。階段を走りまくったのでお腹がペコペコ。やっと飯が喰える。何を食べるのかワクワクしていると、着いたところはコンビニだった。
「時間が勿体無いからね」
 そういって買ったお弁当は移動中の車の中、ヨガのポーズで食べさせられた。

 板橋に着くと公園で中間報告が待っていた。ここで売れた商品の補充やらするらしい。社長のワンボックスが公園の中に停まっていた。
 この日きたアルバイトは約40人。みんな買い物カゴを持ったままグッタリと社長のもとにあつまった。
 アルバイトの顔を見渡すと半分がヤンキー。買い物カゴを持った若者集団はとても無気味だった。異様な風景に子供連れの主婦らドン引き。そそくさと公園を出ていった。

 ひとりひとり名前を呼ばれ何を何個売ったかを報告。すると、ほとんどが1個かゼロ、多いヤツでも2個しか売れてないことが発覚した。
 公園がザワめき、ほんとに2万円も稼げるのか疑問の声があがる。そんな中、優等生風の若者が呼ばれ明るい声で答えた。
「67個です」
 一同、大きなどよめきと共に活力が復活。一気にアルバイト達の顔つきが変り、まるで泥沼の中に舞い降りた白鳥をみるかのように羨望の眼差しで彼に注目した。社長いわく、
「加藤くんはこのバイトの常連ですからね。今日はいつもより少なめですが、みなさんも慣れれば彼のように売れるようになりますよ。午後からが一番売れる時間帯です。頑張ってくださいね」
みんな自分のやり方が悪かったのだと改心、目を輝かせながら気合いを入れ直して再度仕事にむかった。






つづく