第47回





● ヤクザグチック




「お兄さん、どこまで帰るの?」
振り向くとスーツを着た男が数メートル後ろを歩いていた。仕事で終電を逃してしまったオレは新宿から練馬まで歩いて帰るところだった。オレは無視して歩き続けた。なぜならば、そのときのオレは非常に機嫌が悪かったからだ。
新宿の乗換えで走っていれば中央線の最終に間に合っていた。ギリギリ乗れるだろうと少し余裕で歩いていた自分に腹が立つ。まだ働き出して数年。20代の頃の話だ。
「歩くの早いよ。シカトしないでよぉ」
男は少し酔ってるような口調だった。このオレに何の用事があるのだろう。こんなひと通りのないところで。オレはもくもくと青梅街道沿いの歩道を直進した。
「ねえ、待ってよお兄さん。一緒に帰ろうよ」
その言葉を聞いたオレは足をとめて彼を待った。これはもしかして一緒にタクシーに乗ろうってことか。そういうことなら話は別だ。ラッキーな風が吹いてきたかも。
隣に来た彼は喜んで饒舌に自分のことを話しだした。今まで飲んでた店のことやワンルームで一人暮らししてることなど。オレよりも幾つか若いことも話の中から理解できた。
でも、マンションがあるのは高円寺。手持ちの金もあと300円しかないらしい。ダメだこりゃ。まったく風は吹いてない。小学生の下校じゃあるまいし……。と思いつつも、オレは彼と一緒に帰宅することになった。
「俺の職業、何だと思います?」
肩を並べて歩くのに慣れてきた頃、彼はそんな謎ナゾを出しし明るく微笑んだ。職業のことはずっと気になっていた。強面だしヤクザチックでキナ臭い。サラリーマンというには違和感がある。
「ん〜…ヤクザかなぁ?」
全身をジロジロ確認してから冗談っぽくそう答えると、彼は驚いたようにこういった。
「えッ!? わかりますぅ? 何で判ったんですかッ!?」
ていうか当りかよ。ヒネリがないし。そのマンマじゃん。身体に少し緊張が走った。
「まいったな…。これでも普通のひとに見えるよう気を使ってるんですけどね。あ〜ぁ…また兄貴にどやされるな……」
彼は自分が指定暴力団の新米組員であることを教えてくれた。が、自分ではヤクザに見えないと思っていたらしく、ひどく落ち込んだ様子だった。
オレはオレで終電を逃したあげくヤクザと帰宅している自分に落ち込んだ。何でこうもヤクザに遭遇するんだろう。オレの背中にはヤクザ吸引機でも付いてるのだろうか。
「寒くなると、背中が痛むんですよ…」
それからの彼は何かを思い出したように語りだした。以前、事務所の中で上の者にゴルフクラブで殴られたこと。地元の北海道では族の頭をはっていたが現状は厳しいことなど。
暴力団対策法ができてからは堅気に見える格好や振る舞いをするよう命じられ、兄貴達はみんな公務員にしか見えないと嘆いていた。でも、自分ではこれが限界でこれ以上は変われないんだと真剣に悩んでいることを打ち明けた。
いきなりのディープな話に戸惑う。でも「ヤクザに向いてないのかも」と、弱気な発言をする彼をみて、ヤクザでもサラリーマンのように愚痴をいうのかと少し親近感がわいた。
不思議な気分だった。いつもはヤクザにカラまれてばかりいるオレが、気がつくとヤクザを励ましていた。
他人だから言える愚痴もある。普段見せられない弱音を見せてくれたことがちょっぴり嬉しかったのだと思う。
マンションに着くと彼は力強い目で真っ直ぐオレを見ていた。
正面に立つと裏社会の人間が持つ独特の気がビキビキ伝わってくる。ちょっと生意気なことも言っちゃったりしたけど、大丈夫なのかオレ。そう思っていると、最後に彼は堂々と胸を張りながら自分の名前を教えてくれた。激励がきいたのか、この世界でのし上がっていくらしい。
が、ここからは歩く道が違う。もう二度と会うこともないだろう。何か寂しく感じたがオレは彼と握手してからその場を去った。
そして、ひとり物思いにふけながらタクシーで帰宅した。