第48回





●迷彩オヤジ




「キサマああッ! それでも日本男児かッ!」
水天宮の駅ホーム。席に座り発車を待っていると怒声が聞こえる。隣の車両からだ。みるとシートに座る若者の前に立ち、指をさしながら叱責するかなりヤバそうなオヤジを発見。
ヤクザというか右翼っぽい風体。ボサボサのロン毛に真っ黒いグラサン。迷彩パンツにジャングルブーツを履いて原田芳雄にちょっと似ている。
若者は一方的に捲くし立てられ成す術もない。早口で聞き取りずらかったが、オレは聞き耳を立てて迷彩オヤジを観察した。
説法を聞いていると、どうやら嘆きながらも日本を憂いている感じ。ピアスにタトゥなど、欧米化した今風の若者ファッションが気にいらないらしい。戦時中の軍人が時空を越えて現代に来たようだ。
でも、電車内でのモラルについては、けして間違ったことはいってない。若者はナックルボールを投げるときの指のように、足を大きく開いてだらしなく座っていた。誰も注意しない大人に変わって渇をいれてる感じがする。
迷彩オヤジは動物園のクマのように動き回り、次のターゲットを探し移動をはじめた。
あーこれは来るな、オレのところに。
そんな言葉が頭をよぎった。あの手のタイプは必ずオレを指名する……。でも予測ができれば対処法はある。
「何だッ! その髪型はッああッ!」
次のターゲットは髪を赤く染めた若い女性。さんざん罵られたあげく「アバズレ」とか「売女」とか言われて泣きそうになってた。
ちょっと可哀想に思ったが、まわりの人は見て見ぬフリ。迷彩オヤジは体格がいいし腕力も強そう。なにより、旧式の機関銃のように連射する言葉の弾丸を誰も食らいたくはないのだろう。その後、マンガを読んでるヤツ。足を組んでるヤツも瞬く間に蜂の巣にされていた。
車内は空いていたのでオレは席の真ん中に座っていた。オレは自分がいる車両の頭数を数える。確立にして約20分の1。読んでいたマンガもカバンの下に隠し、ミニスカートを履く女性のように膝をぴったりつけ姿勢正しく座る。そして寝たフリ。これで完璧だ。突っ込みどころがないハズ。
いよいよ迷彩オヤジはオレがいる車両にやってきた。肩で息をしながら凄い勢いで敵兵を探している陸軍兵士のようだ。そのまま薄目を開けて監視するオレ。通り過ぎるのを待つ。
オレは黒髪、しかも公家顔で足も組んでない。
どうよ、オッサン。これなら文句あるまい。
黙ってオレの前を通り過ぎるがよい。
と、オレの視界に迷彩パンツが見えた。ああ、やっぱり来た。オレの前に立っている……。
「キサマッ! 恥ずかしくないのかッ! いい若者がこんなところに座りおってええッ!!」
どんな基準で選んでいるんだ。他にも座ってるヤツはたくさんいるのに。それに、なんかオレだけ掃射時間が長いし。
理不尽な説法を黙って聞いていると、あまりのしつこさにムカついてきた。しかも、よく考えたら電車内で大声で喋るのも充分マナーが悪い。こいつ、ひとが黙ってると思って調子に乗ってるな。
オレは足を組むフリをして迷彩オヤジのスネに蹴りをいれてみた。革靴によるミニロケットランチャーでも食らうがいい。
すると、迷彩オヤジは「ぐッ」とかいって大人しくなりオレの前から姿を消した。意外とあっけない。それでも軍人か、と思った。
その後、アナウンスが入りドアが閉まる。電車が動きだし窓の外を見ていると、迷彩オヤジの走る姿がみえた。て、結局乗らなかったのかよ。もしかして次の電車でも同じことを繰り返すのだろうか。春だなあ、と思った。