● ボンド
窓を開けると隣のアパートの一室から「夏の終わりのハーモニー」が聞こえてくる。ブラジル人一家なのに、どうやら井上揚水が好きみたい。
ふと、オレは何時頃からヤバイ人に声を掛けられるようになったのか思い出してみた。あれはまだ黄色い帽子がよく似合う小学生の頃だった。
近所にあるエロ本屋。そこは何故か子供達の溜まり場だった。薄暗い店内には壁一面にエロ本が羅列。入った瞬間に猥褻な表紙が目に飛び込んでくるシステムだ。もちろんヤバイところはマジックで塗り潰されていたけど、小学生のオレらには充分刺激的。今だったらPTAが血相変えて飛んできそうな店だった。
でもオレらの目的はその店にある駄菓子。
それは店内の一番奥にあるレジに渦高く積み上げてある。
束になった紐をひっぱり大きな飴を引き当てる「イチゴ飴」。
きな粉のついたアンコ玉も中から当たりが出れば大きなやつが貰えた。ボタンを押すと丸いガムが出てきて色によってはもう一個貰えたり。と、だいたいが一回10円でできるギャンブル制のある駄菓子ばかりだった。
クジ引きがやたと好きだったオレは、学校が終わるとよくそこに通った。100円あればかなり遊べて楽しい思いができた。
ある日、オレはいつものようにその店で遊んでいた。
すると、
「ボクぅ〜・・・ちょっとお願いがあるんだけど」
高い位置から声が聞こえ、振り向くと不良高校生がオレを見下ろしていた。病的に痩せた身体。爬虫類のような表情。上下白のジャージを着ている。普通のひとじゃないことはひと目でわかった。
「お小遣い・・・あげるからさぁ・・・」
白いにいさんはそういってオレを誘惑してきた。どうやら3軒となりにある金物屋から「ブルーダイン」という物を買ってきて欲しいとのこと。
え? 高校生にもなって自分で買い物もできないの?。と思ったが、よくよく聞くとその金物屋のおじさんが意地悪して売ってくれないことを説明された。もちろん「ブルーダイン」が何なのか、何に使う物なのか、当時はまったく知らなかったが、なんとなくヤバそうなもんだと直感で思った。
人相の悪さと危険な香りにはじめは断ったオレだが、困った顔を見ているとだんだん可哀想にみえてきて、変な正義感からこれを承諾。お金を渡され金物屋へと足を運んだ。
「ブルーダインください」
そういうと金物屋のおじさんはオレを凄い勢いで睨んだ。
「誰に頼まれたのッ!」
おじさんは怒ったような口調でオレを問い詰めてきた。意地悪しないで早く売ってくれればいいのに。そう思ったが、白いにいさんに言われたシナリオどうりのセリフをいってみた。
「おとうさん・・・・」
おじさんは疑いの目で顔を覗き込みブツブツ独り言をいいながら紙袋に包んでくれた。オレがウソをついているのはバレている感じ。ムスっとしたままお釣りをくれた。
紙袋を白いにいさんに渡すとニヤリと微笑んだ。が、お釣りを渡そうとすると、
「やるよっ」
と言い残しその場を去っていった。
なんだか嫌な気分。もしかしたら悪い事の手助けをしてしまったのでは、と不安になった。貰ったお釣りは20円。ガムとか飴を買える金額だが、オレは何も買わずに家に帰った。
あれが爆弾を作る材料だったらどうしよう。ニトログリセリンみたいな物だったら・・・・。とか「Gメン75」好きのオレは帰り道で色々考えた。
むしょうに腹が立ったオレは、玄関前でそのお金を庭の草むら目掛けて投げつけた。
ブルーダインが「ボンド」だとわかったのは自分が高校生になってから。あれはトルエンとかシンナーの代用で、吸うとラリパッパになる物だった。金物屋のおじさんが売るのを拒んだ理由はそのとき知った。