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フィラデルフィア郊外で静かに暮らしていた、ある父親と子供達。 ある日突如として家の前の畑にミステリーサークルが出現する。それは、宇宙人からのメッセージなのか…!? そして、その現象は彼らの家族どころか全世界をも巻き込むことに……。 てな、内容で物語は始まっていくのだ。
派手なシーンやアクションなどはほとんどなく、淡々と静かに冒頭から観る者を引き込んで離さない術はナイト・シャマランさすがである。 しかしながら、ブラジルに宇宙人が出現したとの映像を観るまでは、とても集中して観ていたので気持ちも高揚していたのだが、宇宙人が具現化して出てきたシーンを観たら、血の気がサーッと引いていくのを覚えた。
……あ〜あ観るんじゃなかった。今のはなかったことにしてくれよ〜。
CGがいいとはいわないが、実写で宇宙人は、ちとまずかったのではなかろうか? メル・ギブソンの出演料を少し削ってでも宇宙人開発に資金をあてていれば、もう少しはマシだったのではないか? せっかくの1級スリラーが、胡散臭い投稿ビデオにまで格下げしちゃったよ〜。しかも、宇宙人の弱点というものが情けなさ過ぎだ! 「………でもまあ、嘆いていてもしょうがない。宇宙人なんて所詮はこの程度が限度だろう。物語はまだまだ核心に迫っていないのだから……さあ、気持ちを入れ替えて先を急ごう」 そう自分に言い聞かせることにして一応決着をつけました。
自分の作品に、いつもちょい出しているナイト・シャマラン監督だが、今回の作品には主要人物で登場している。とはいってもこの映画、登場人物が数える程度しか出ていない。 壮大な気配を漂わせながら、実はほぼ密室に近い状態で物語が進行する、非常に個人的な映画なのだ。 そう、やはりナイト・シャマラン。ただの宇宙人地球乗っ取り大作戦映画ではない。シャマランの世界観がちゃんと投影された映画に仕上がっていた。 前出の宇宙人も、所詮当て馬的存在に過ぎなかったのだ。最後にはそう思うことができた(無理矢理)。
「人間には2種類ある。偶然をそれ以上特別な何かのチカラによるモノととらえる者と、ただの偶然ととらえる者と…」。 このメッセージはとても重要な意味を持っている。そして、映画のタイトル『サイン』の本当の意味も最後に分かることだろう。
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