日光(その5)―星降る街角といろは坂―

「ウォンチュッ!」


板谷くんがそう叫ぶと車はいろは坂へと発進。月明かりの中、いろは坂はぼんやりと白く浮かび上がっていた。
早速、板谷くんが景気づけに歌い出した。

「♪星の降る夜は〜あなたと二人で〜お、お、お、お・・・」
「オ・・・オ〜イ!滑ってるよ!滑ってる!滑ってる!滑ってるって!」

イケちゃんが叫びながら板谷くんに被さっていた。
予想していたとはいえ、あまりにも簡単に車は滑った。

「分かってるよ!分かってる!分かってる!分かってるって!」


ハンドルを二人で握ってもみ合っているところで車は止まった。

「ムミャミャミャミャミャミャミャミャミャミャ・・・!」


イケちゃんがまた始まった。

「オ〜イ!まだ『い』だよ『い』。ど〜すんだよ!このバカチンが!!」
「ファミちゃん怖かったね。」
「ウン!」
「ほら〜。ファミちゃんも怖いって言ってるぞ!板谷ーッ!」


いろは坂とは「いろはにほへと・・・」の48文字に準えてカーブを当て嵌めていることからそう呼ばれているのであるが、カーブのコーナーには大抵カーブミラーが立ててあり、その脇には『い』だの『ろ』だのといったカーブの順番を示す標識も取り付けられていた。この先、47ヶ所の、しかもその大半がヘアピンカーブで、おまけに急勾配で、このツルツル状態のいろは坂を考えると、ボクはちょっと気が滅入ってきた。

☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡

「大丈夫だよ!これくらい!ウォンチュッ!」

そう言うと板谷くんはまた続きを歌い始めた。

「♪・・・あなたと二人で〜。お、お、お、お、踊ろうよ〜『チュチュル!チュチュル!チュルッチュ!』」


板谷くんは、合いの手が入るところがお気に入りだ。

「♪流れるボサノバ〜。触れ合う指先〜。あ〜〜〜っ・・・!」
「アアアア〜ッ!また滑ってるよ!滑ってる!滑ってる!滑ってるって!」
「分かってるよ!分かってる!分かってる!分かってるって!」


また運転席でもみ合っていると車は半回転して止まった。

「あっぶねーなー!ファミちゃん怖かったね。」
「ウン!」
「大丈夫だよ!・・・ウォンチュッ!」
「ムミャミャミャミャミャミャミャミャミャミャ・・・!」
「『ウォンチュッ!』じゃないよ!今から時速10km以上出しちゃあダメだからな!このバカチンが!!」
「ねえ。ファミちゃん。」
「ウン!」
「分かってるよ!ウォンチュッ!」
「♪・・・触れ合う指先〜。あ〜〜〜っ!恋のよー・・・『夜!夜!夜!夜!長い夜!』」
「♪いたずら夜風が〜頬を濡らしても〜。ふ〜たりは〜・・・わ!・・・」
「わ!わ!わ!わ!10キロ超えてるよ!超えてる!超えてる!超えてるって!」


イケちゃんはスピードメーターを指差しながら叫んだ。

「分かってるよ!分かってる!分かってる!分かってるって!」
「大丈夫だよ!うるさいよ!ウォンチュッ!」
「♪何も言わないで〜微笑を交わす〜。」
「♪あ〜〜の、まちか〜・・・『カド!カド!カド!カド!曲がりカド!』」
「とん平ッ!」
「なんで『とん平ッ!』なんだよ!」
「曲がり角なんだから『とん平』だろ!ハイ!そこの角、左とん平ね。」


中学時代からのイケちゃんお得意のフレーズである。
車は“ろ”のカーブをゆっくりと左に曲がっていった。


☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡


と、その時
ブロロロロロロロ・・・
なにやら後ろの方から重低音というか振動が聞こえてきた。
パッと後ろを見ると、勢い良くやってくる2つのライトが見えた。そしてボク達の車をアウトか一瞬に抜き去ったと思ったら・・・、
ズキャキャキャキャキャキャー!
と目の前をドリフトしながらヘッドライトが通り過ぎていった。
たぶん、レビンとかトレノとかいったFRの走り屋だ。
それにしても、ドリフト走行ってものを初めて、しかもこんな至近距離で見てしまった。

「クォノヤロ〜!いい気になりやがって!」


と言う声が聞こえた。
と思ったら車はブォーン!と急加速!
と思ったらキュルルルルルー!と急スピン!
と思ったらガクーン!と山側の雪の壁に刺さって車は停まっていた。

「『クォノヤロ〜・・・!』じゃないよ!あっぶねえなぁ!!」


イケちゃんがブロックサインを繰り出しながらジタバタしていた。もはや金八の半まねなんかしてる場合ではなかった。

「わ、分かってるよ!・・・ウォンチュッ!」


ボク達は小さくなっていくテールランプを見ているしかなかった。

☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡


「あっもう1台来た!」

ブロロロロロロロ・・・
ハンドルをギリギリと握り締めて、板谷くんが必死に怒りを堪えているのが伝わってきた。

「うわああああああ〜〜のま〜ち〜カド!カド!カド!カド!曲がりカド!」
「とん平ッ!」


板谷くんは頭をハンドルにぶつけるように振りながら叫んでいた。

「あっ!また来た!」


ブロロロロロロロ・・・

「うわあああ〜・・・カド!カド!カド!カド!・・・」


ズキャキャキャキャキャキャー!

「まただ!」


ブロロロロロロロ・・・

「ぬおおお〜・・・カド!カド!カド!カド!・・・・」


ズキャキャキャキャキャキャー!

「まだ来る!」


ブロロロロロロロ・・・

「・・・カド!カド!カド!カド!・・・カド!カド!カド!カド!・・・・」


ズキャキャキャキャキャキャー!ズキャキャキャキャキャキャー!

「とん平ッ!とん平ッ!とん平ッ!とん平ッ!」
「とん平ッ!とん平ッ!とん平ッ!とん平ッ!」


イケちゃんも一緒になって頭を振って叫んでいた。
・・・・・・・・・


☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡

「なんか、明るくなって来たみたいだけど・・・。」

☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡

おしまい