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恍惚は辛苦の褒美か
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半年ほど前、松嶋菜々子と藤原紀香がCMで申し合わせたようにそれぞれ子犬を
「高い高い」 していた。 手を伸ばせば2メートル半。 子犬もさぞ恐かったろうに。 伊東美咲、米倉涼子、天海祐希。 「女優の巨大化」 にドラマ界はどう対処していくのか、今後も注意が必要だ。
女性がどんどん大きくなっていくように、年寄りが増えていくのも時代の流れで、特にこんな地方都市にいるとよろよろ自転車で走っているジイさんバアさんがやたら目につく。 ひと昔前だったらひねもす縁側に座っていたはずの高齢者が、コントかと思うほどハンドルをぶるぶる震わせている。 誰か“ジャイロ”取り付けてあげて。 見通しの悪い交差点からためらいもなく出てくるのは何の確信があってのことなのだろう。 左右を見るのはいいけどまず右からでしょ、轢いちゃうよ。 チャリンチャリン鳴らしてもダメだって。 安全の為に自転車を引いて歩いてるのかと思いきや交差点の真ん中からよっこらしょと自転車に乗ろうとしたりする。 どうしてそこなんだ。 「一旦止まってクルマの往来を確認する」ジイさんにも気を許してはいけない。 歩道で自転車を降り、振り返ったジイさんは時速50キロで近づく運転席の私と明らかに目が合っている。 なのに、私があと1秒で通り過ぎるというそのタイミングでそーっと車道に前輪を出してくる。 こっちは“アイコンタクト”で 「動くな!」というメッセージを送ったつもりだ。 それをジイさんどう読み取った? こちとら依然50キロで疾走中なのに前へ出てくる。 何だその 「いいの?」 みたいな顔。 電柱に設置されているスピーカーからは毎日のように 「○○さん 83歳が 朝 家を出たまま自宅に帰っていません 服装は・・・お心当たりの方は市役所までご連絡下さい」 という放送が聞こえてくる。 放送されるのが一度や二度ではない “札付き” もいるようだ。 そんな面々が、日に日に気ぜわしくなっていく現代を全く自分勝手なリズムで徘徊しているのだからたまったものではない。 しかし私はそんな困った年寄りを見てもどうしても 「戦争」 を重ね合わせてしまう。 ドキュメンタリー番組等で当時の様子を観ると当然モノクロ映像なのだが、「戦時中は世の中が実際にモノクロだった」 と勘違いしてしまうほど私にとって戦争のイメージは暗く恐い。 だから、心のどこかで 「戦争経験者にはかなわない」 と思っている。 単に現在高齢だということでなく “そんな時代をくぐり抜けてきたツワモノたち” という “ハク” がついて見える。 若造のセルシオにアオられている時速28キロの 「もみじマーク」 は、「かつてゼロ戦のスゴ腕パイロットだった」 かも知れない。 嫁に「恥ずかしいからそんな寒そうな格好で出かけないでください!」 と叱られてるガリガリのジイさんは 「なんの、シベリアを思えば」 と聞こえぬフリだ。 ふらふら車道に出てきて 「死にてえのかジジイ!!」 と怒鳴りつけた時にモゴモゴしていた口元は、実は 「ふん、一度は捨てた命よ」 とつぶやいていた。 なんて想像をしては、やっぱかなわない、と少々のことは大目にみるのである。 でも長生きするにも上手にね。 |