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あそこの店は“うめピザペー”
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前々回
「旅番組でも俳優の顔を忘れない例」 として挙げた目黒祐樹が、先日放送された北陸を巡る旅では越前ガニの前で完全にとろけていたのを観て、「人の心を解きほぐすなら大岡越前より越前ガニ」
と実感せざるを得ない昨今、いかがお過ごしでしょうか。
さて、小中学校と違い、高校ともなると広範囲から生徒が集まります。 私たちのような田舎だと 「山の向こう」 からやってくるヤツもいるので、同じ学校にいながら聞いたことのない方言を耳にするのも珍しいことではありません。 しかもみんな自分が方言を使っているなんて自覚はないのです(静岡県民はたいていそうで、上京してから痛い目に遭います)。 中でもとても塩辛いガラガラ声で方言の目立つ同級生がいました。 彼は内緒話ができません。 小声で話そうとしても声がかすれ過ぎて“きゅうきゅう”音がするだけ。 でも好意的に言えば 「スケールのでかいヤツ」 でいつも自信満々。 国語の授業で、ある文章についての解釈を求められた質問に挙手し 「おれは・・・という気持ちを心の中にしまっておく」 と発言して 「どうだ」 という顔をしていました。 なら声に出さずしまっておけ、とツッコまれたのは言うまでもありません。 ある時、彼が声高に 「さかきばらいくえ、すっげーかわいい〜! でけぺー!」 と叫んでいました。 今の若い人は疑問に思わないでしょうが、現在38歳の男は16歳当時小泉今日子に夢中になるのが正しい生き方で、榊原郁恵に首ったけというのは世代的に何かの間違いです。 しかしここで注目すべきは趣味の話ではありません。 所詮女の好みなど夜通し討論したところで互いにあい譲れぬもの。 問題なのは最後の言葉 「でけぺー」 です。 「でけぺー」、 初めて聞く言葉でした。 これが彼の住んでいる地域での方言なのか、独自にあみ出した言葉なのかは定かではありませんが、彼が“でけぺーでけぺー”と騒いでいる時は決まって榊原郁恵の話題でした。 これも若い人にはわからないと思うので説明すると、イエローキャブなんてまだない当時、榊原郁恵の意味するものといえば 「ボインちゃん(死語)」 なのです(とはいえその頃郁恵ちゃんからボインというキーワードを引っ張ってくるのも既に力技でしたが)。 その辺を踏まえてじっくり考えてみると 「でけぺー」 というのはどうやら 「おっぱいがでかい」 という意味らしいのです。 つまり 「でけぺー」 はいわゆる 「デカパイ(死語)」 という名詞を 「赤い」 「青い」 と同様 「おっぱいがでかい」 という状態を表す言葉 「でかぱい」 に形容詞化したものなのです。 「朝丘雪路って、でかぱいよな」 「春川ますみ、でかぱくねー?」、 こう使うのが最もポピュラーです。 で、「でかぱい」 → 「でけぺー」 という変化は 「ちいさい」 「きたない」 を“べらんめえ口調”にすると 「ちいせー」 「きたねー」 となるのと一緒。 いわゆる 「音便」 というヤツでしょうか。 厳密に言えば、 「でかぱい」 をべらんめえにすると 「でかぺー」 になりますが、元々形容詞である 「でかい」 も 「でけー」 へと“べらんめえな態度”を揃えます。 ですから 「でかぱい」 → 「でかぺー」 → 「でけぺー」 となります。 この忙しい時にぱいぱいぱいぱいうるさいですね。 しかし私にはそれがなかなか深い言葉に思えるのです。 そもそも、現在のようにスレンダーと豊満なバストを両立させているアイドルなどいないその頃、おっぱいが大きいアイドルはすなわち 「たくましい・甘えたい」 存在でした。 “多産・繁栄の象徴”と言っていいかも知れません。 昔社会の授業で教わった 「アガペー」 が 「神の愛」 なら 「でけぺー」 は差詰め 「母性愛」 です。 戦後60年。 日本人の体型も年々西洋化し、若いアイドル達にはそこまでの“愛”を感じさせる人材がなかなか見当たりません。 最近聞く 「樽ドル」 とも少し違います。 故・堀江しのぶが最後の砦だったのでしょうか。 同級生の彼も今では 「でけぺー」 という言葉などすっかり忘れてしまっていることでしょう。 あ、方言についていろいろ書くつもりだったのに踏み外してしまいました。 それはまたの機会に。 |