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前門の虎、肛門と私
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5月末に横浜の友人に会いに行った時、リーズナブルな価格と女性社長の独特の出で立ちが有名な某ホテルを予約しておいた。
チェックインを済ませ部屋へ入って早々に私は便座に腰掛けていた。 前日飲んでいたからだ。 飲みに行った翌日は下痢とまではいかないものの、午後になってもだらだらだらだらとトイレに通い続ける。
比較的新しいホテルということもあって、シャワートイレが設置されていることを微笑ましく思いながら 「まだ出ますか」 といつものように括約筋を活躍させた(←陳腐)あと、シャワーボタンを押した。 しかしシャワーが出てこない。 ホテルに設置されているタイプのシャワートイレは、節水のためか 「準備タイム」 がある程度必要なものがあるので、しばらく経ってからもう一度ボタンを押した。 それでもやはり出ない。 仕方なくトイレットペーパーで念入りに拭いた後、フロントへ電話をし、トイレのシャワーが出ない旨を伝えた。 すぐにやってきた女性スタッフが 「ただ今確認致します」 と言ってトイレに入った。 そこでふと疑問がわき上がってきた。 「シャワーが出るか否かを確かめるには、実際に便座に腰掛けなければいけないのではないだろうか」 そう、最近のシャワートイレは便座に座らないと出ないようにできているはずだし、もしそういう機能がなくボタンを押せば出るとしても、出てきた水をどのように受け止めるのだろう。 「バックドロップはヘソで投げる」 同様 「シャワートイレは尻で受ける」 のが王道ではないのか。 うわあどうやって確かめるのかすっげえ見てえ・・・と悶々している間に女性スタッフはトイレから出てきてこう言った。 「申し訳ありません。 ノズルが出てこないようです。 別のお部屋をご用意致しますので移って頂いてもよろしいでしょうか」 「どうやって確かめたんですか」 と訊ねる勇気もなく、別の部屋へ案内してくれる女性スタッフがパンツを下ろし、便座に腰掛け、事務的な顔とお尻でシャワーを待っている姿をぼんやり想像して吹きそうになった私は、次の部屋でもすかさず便座に腰掛けてボタンを押してみた。 やっぱり洗いたいからだ。 よし、出る出る。 私にはシャワートイレのない生活なんて考えられない。 話は22年ほど遡る。 あれは高校2年、晩秋ぐらいだったと思う。 帰宅する電車の中で私は肛門の辺りに “えもいわれぬ かゆみ”をおぼえた。 当時、誰も見ていないのに異性の目をたっぷり意識して電車に乗っていた私は尻をぼりぼり掻くわけにもいかず、まずドアを背にした。 そして友人とのバカ話が盛り上がり笑い声が起こったスキに親指以外4本の指でスナップを利かせて肛門周辺をペシ!と叩いた。 そうやってかゆみを紛らわすという技をたったひと駅で編み出した。 そんな事が何日か続いた後、かゆみの奥底に、かすかに疼く“核” のようなものが常駐している感覚に気付いた。 部屋に籠もって手鏡を右手に持ち、左手を支えにいつもよりもセクシーなポーズをして見ると、肛門の脇に豆粒大のできものがある。 驚くというより、「うわ!来たか!」 と思った。 私は、小さい時にお尻の手術をしたことをかすかに覚えている。 入院中に恐竜のおもちゃを買ってもらったのはハッキリ覚えている。 それが何の手術なのか具体的には知らないのだが、何かの度、父親から冗談半分に 「お前はお尻が悪いから」 と言われていたので、「いつかこんな事があるかも知れない」 と薄々覚悟はできていたのだ。 そこへこの “できもの”。 「お尻の病気といえば!」 と確信を持った私は、雑誌か新聞を引っ張り出し、「ぢ」 の広告で有名なあの会社へサンプル請求ハガキを送ってみた。 「ご家族にはわからないように郵送致します」 とある。 家にいるおばあちゃん以外で一番早く帰宅するのは自分だ。 バレる心配はない。 細工はりゅうりゅう、仕上げをゴロー野口というヤツだ。 数日後、学校から戻ると、たまたま帰りの早かった父親、そして普段は怖い父親がその日は頭上から♪でも出すように屈託のない表情であっさり 「なんだおまえ、どこか悪いのか」 と言った。 うっすら笑みをたたえているようにも見えるその視線の先には、かっかか、開封された、シブ過ぎるえび茶色(確か)の小包がある。 なんて事だ! 敵は 「親展」 なんか気にも留めないルール無用の中年男だったのだ! ためらいもなく開封してやがる! 顔から火が出るとはまさにこの事。 その火でカタクチイワシぐらいならこんがり焼けたと思う。 慌てて 「何だこれ?・・・あっ! 友達がふざけてオレの名前で送ったんだよ・・・あのヤロー・・・」 とごまかしてみた。 家族は笑っていたが私にはお尻のおできを笑われているように思えた。 でもせっかく手に入れたサンプルを使わない手はない。 その日からは風呂でも尻をキレイに洗った後、少しざらついた、薬草っぽい匂いの軟膏をできもの部分に塗り、普段通りスコラやGOROを熟読して床につく日々が続いた。 それが効いたのか、かゆみやうずきは気にならなくなり、腫れ自体も少しひいた。 あれからもう四半世紀近く。 あの頃生まれた子が誕生祝いのケーキに22本のローソクを立て、17本目からは一緒に火をつけてくれた彼氏と別れてしまうほどの年月が過ぎた。 説明が長い。 期間も長い。 そんな長い間、そのできもの (って痔ですね) とは特別なトラブルもなく、うまく付き合っている。 以来お尻を清潔に保つことは怠っていない。 寒い冬は湯船で充分ヤツを温めることが肝心だ。 夏だって念入りに洗ってシャワーを少し長めに当てる。 かつて勤めていた会社の社員旅行で海外に行った際、いつものようにシャワーを直接患部に当てたかったのだが、シャワーヘッドというのだろうか、あのお湯の噴出口が頭ほどの高さでの固定式だった為、普通の姿勢では角度的にお湯を当てることができない。 しばし考えた挙げ句、シャワーを出したままバスタブのヘリに四つん這いになって尻を高く保ち、ぷるぷるしながら 「カモン!」 とお湯に打たれる荒技を完成させた。 花のパリで。 日本に住んでいて何よりもうれしいのがシャワートイレの普及である (駅のトイレ等、シャワーでない時に備えてウェットタイプの携帯用トイレットペーパーも常備)。 今では実家もそうだし自宅もそうだ。 自宅の場合は 「ムーブ」 機能がないが、慌てない慌てない、おのれ自身がムーブすれば良いのである。 その時、腰を細かく振るのはまだまだビギナーですね。 ♪貴方のリードで島田も揺れる。 そう、田原俊彦がアハハハハと笑っていた時のように頭を細かく左右に振ればちょうど良い具合にお尻も揺れるのである。 よく出かける街なら 「あそこはシャワートイレ」 というデータは頭に入っているし、初めての外出先で思いがけず “最新式” のものに出会った時はその場所に 「いい思い出」 さえ付加される。 箱根のポーラ美術館では、水滴がプツプツと細かく出る方式のものを経験することができた。 あの美しい美術館で美しい水滴で尻を洗う清々しさといったら。 あの美しいトイレで尻丸出しの私でも、それを俯瞰で見ればあたかも一幅の風景画となっているような気さえした。 ただ、これだけシャワートイレが普及した今、シャワーの 「強度」 は人それぞれであるから気をつけたい。 いや、好みは個人別というより生まれ育ち生活している 「家別」 であると推測する。 友人の家に遊びに行った場合、どの家族の後に入っても大体設定が同じだからだ。 パワーが 「弱い」 なら自分の好みで楽しんだ後、そっと元に戻しておけばいいが、「最大パワー」 の家もあって飛び上がったりする。 ウェッジウッドのティーカップにアールグレイをいれてくれた白川由美似のお母さんも 「最大パワー」 でなければ物足りないのである。 きれいな顔して豪ケツ。 |