胸やけいっぱいの愛を

 こどもというのは自分勝手で騒がしいものです。 しかもたまたま居合わせた他のこどもと騒がしさを競ったりするからかなりやっかいです。 電車で、あるこどもが 「うんこ!」 などと盛り上がっていると、それが同じ車両の別のこどもに聞こえてそちらにまで飛び火し、結果車内に 「うんこブーム」 が蔓延したりもしますからもう手に負えません。

 このように、どう考えても迷惑なくらいこどもが言うことを聞かない場合、「まわりがどれだけ不快に思うか」 というのは 「親がどう対処するか」 によって多少違います。

 行き過ぎはいけませんが、まわりからすれば昔ながらに親の手が出るのが一番こざっぱりします。 「サザエさん」 のフネさんでさえ初期はキレたりしていたのですから、お母さんは躊躇することなくさわやかに 「パン!」 とこどもの頭を張って構いません。 オール巨人にアゴと後頭部を同時に張られたオール阪神のように、やわらかなこどもの髪の毛が一瞬小爆発するとそこにはエンターテインメント性さえ生じます。

 親が甘いと、まわりのひとが不快なだけではなく、こどもはますます尊大になってきます。 数年前、もう5歳になろうかと思われるのっぺりした顔のこどもが、特に疲れた様子でもないのに

 「ねえぼく誰かにだっこしてもらいたい。」

 と言っているのを見ました。 わたしがだっこすればいいですか? ここまで来ると 「将軍の世継ぎクラス」 ですね。 「未来のバカ殿」 ここに誕生。 以来、しばらくは日本の将来を憂えて暮らしていたわたしです。

 しかし日本も捨てたものではないという事例を紹介しましょう。 先日行ったスーパーでは出入口で焼き芋を売っていました。 焼きたてのイモから漂う香ばしい匂いに私の足も止まります。

 すると買い物を終えた親子がやってきました。 20代前半のお母さんは1歳に満たないくらいの赤ちゃんを背負い、左手に買い物袋、右手はやはり5歳くらいの女の子の手とつながれています。

 もうドアを出ようというその時、その女の子が弁論大会のような迷いのない声で、そしてブレスレスで一気に言いました。

 「さつまいもが欲しいけどお金がないから買ってもらえない。」

 やけに明瞭で具体的な、そして 「完結」 までしている独り言にわたしは女の子の 「不退転の決意」 を垣間見ました。 心頭滅却すれば火もまた涼し。 家庭の経済事情にも言及するところはさすが長女ですね。 とはいえそこはやはりまだ5歳、我慢はしていても心でとどめておくはずの言葉が思わず口をついてしまったのでしょう。

 女の子はイモの方をチラリとも見ませんでした。 きっと見ないようにしていたのです。 齢5つにしてグッと唇をかみしめているのです。 お母さんはその言葉にぴくりとも反応せず、何事もなかったように女の子の手を引いて店を出て行きました。

 母子ともにあの若さでここまで成熟した親子関係をいまだかつて見たことはありません。 将来、好きなだけ焼きいもを食べられるようになったあの子が放ったオナラは身体の痛いところにありがたく浴びせかけましょう。 たいていのことは我慢できるはずです。