|
見上げてごらん
|
|
今日は(5月11日)は見事な五月晴れ。 なのに香ってくる栗の花になんとなく後ろめたい気持ちにさせられます。 一年のうちでわずかしかないさわやかな季節だというのに口笛もマイナーコードさ、な今日この頃。 皆様はいかがお過ごしでしょうか。 さて、先日の 「クイズ ヘキサゴン」 での事。 小倉優子が23歳になったというのを受けて島田紳助が 「いつまでこんなこと (←「こりん星」 がどうのこうの言うこと) できるかな〜?」 と言った。 それに対して小倉が 「昨日マネージャーさんに 『そろそろ “こりん星” を爆発させたい』 って言われました」 と告白したのには大笑いした。 “今さら無いとは言えぬなら 滅ぼすまでよ こりん星”。 面白いマネージャーだ。 以前もここで書いたように、小倉優子はこりん星がどうのこうの言っていることに対して 「まわりからツッコんでもらってなんぼ」 である。 共演者は、例えば長州小力(最近観ないなあ)に対して決まって 「キレてるんですか?」 と聞いてあげるのと同じように、小倉に対して親切に 「こりん星ネタ」 を振ってあげる。 小倉がちゃんとそれを踏まえたコメントをしたら 「また言ってら」 といじってあげるし、小倉がついうっかり 「素」 の答えをしてしまってもそれはそれで 「あれれれー?」 といじってあげる。 これは意地悪でない。 バラエティータレント小倉優子へのとても礼儀正しい接し方である。 話は変わるが 「週刊文春」に 「新・家の履歴書」 というコーナーがある。 有名人がかつて暮らした家についての思い出を綴るコーナーである。 去る3月22日号に登場したのはデーモン小暮閣下。 その冒頭の文章を引用させていただく。 − 我が輩は地獄で生まれたが、世を忍ぶ仮の姿で人間界に潜伏したのは、東京の渋谷。渋谷の病院で世を忍ぶ仮の姿を入手した。 世を忍ぶ仮の父親が、転勤の多い銀行員でね。 世田谷の社宅に住んでいたんだが、何しろ十万0歳から十万四歳までしか住んでいなかったから、当時の記憶はほとんどない。− どうです日本一の週刊誌上に堂々と掲載されたこの名文。 入手って。 涙さえ出てくる。 おそらくこれは口述筆記だろうが、「あ、今の表現まずかったかな」 とか 「あとでこう訂正して欲しい」 などということはなく、閣下はどこかのぽんこつアナウンサーなど足元にも及ばない流麗な日本語でこう言ったのだと思う。 十万四十余年の生涯の中で日本にいた期間の割合などアグネス・チャンのそれに比べたらホンのわずかに過ぎないのに見事なものだ。 私の知る限り閣下は 「(もし悪魔云々がウソだと仮定した場合→)ボロ」 を一度も出したことがない。 例えば、やっぱりメイクだなんだと鬼の首を取ったように騒ぎ立てるひとはいるが、必ず閣下はそれに対する合理的な答えを用意してあった(というか 「悪魔とはこういうものだという真実」 を教えてあげていた)。 事実はどうであれ、彼の言うことを楽しまなきゃ損である。 悪魔であろうがなかろうが、彼自身が 「ツッコミ」 を望んでいようがいまいが、彼の言動行動は明らかに 「ボケ」である。 バカだと言うか称賛するかは 「消費者」 である私たちに任されているのだ。 でも 「大相撲のゲスト解説者としてデーモン小暮閣下が国技館に座っている。 それがNHKで放送されている」。 こんなにステキで、スケールの大きなボケを目の当たりにできたことを素直に喜ばない手はないでしょう。 彼が芸能界で布教活動を始めた時、誰がこの快挙を想像しただろう。 悪魔に感謝する日もあるんですね。 一方、こりん星のお姫様はうっかり 「エスティマでマンションに帰る」 と言ってしまうなどゆらゆらと不安定である。 「失敗まで含めてボケであると汲んで下さい」 なのだから、共演者に構ってもらわなければやっていけない。 私たち視聴者に至っては 「こりん星なんて無いって知っていながら」 そういう小倉を観ている、どころか 「こりん星なんて無いって共演者も知っていながら付き合ってあげていることを知っていながら」 その珍妙なやりとりを茶の間で観ているのである。 なんだそりゃ。 ともあれ私たちは閣下の築き上げてきた堅牢な要塞を、へえよくできてるね、と20年以上も観賞してきたし、ゆうこりんが漕いでいる泥の舟にいきなり大きな石を投げ込んだりせず、あくまでも自然に泥が溶けていくのを彼女のつたない櫂さばきと共に眺めている。 それを 「テレビに毒された」 と言うのは容易いが、知らず知らずのうちにそれだけの度量を身につけたとも言えないだろうか。 ええと、それを 「○○力」 と名付けたいがシャクにさわるのでやめておく。 なんだ、私たちはなかなか心が大きいのだ。 その寛容な私たちがここで考えてみたいのが細木数子と江原啓之である。 「あいつらをなんとかしてくれ」 という声を四方八方から耳にしてもう何年経つのだろう。 でもそこはほら安倍首相夫妻が片岡鶴太郎に絵を習っている、と聞いても笑い飛ばせる私たちじゃないですか、あ、ウソついちゃった。 しかし細木数子や江原啓之に対してもそんなスタンスでいることはできないものだろうか。 細木に 「あんた死ぬよ」 と言われて目を丸くするゲスト。 その横で (ごもっとも)みたいな顔をしている徳光和夫。 これはどう考えても 「ボケ」 だろう。 江原が 「あなたの前世は中世ヨーロッパの貴族の血筋で」 と平然と言ってのけるのと、閣下が 「我が輩がいた魔界ではな」 と言うのと何が違うというのだ。 いや、私だってこの二人は嫌いだ。 タッキーよ、細木を手玉に取れ、美輪さん、たまには 「あなたそれは違うわよ」 って言ってくれ、と思っている。 しかし本物なのかインチキなのかとかは置いといて、あれを少しでも楽しめるようにするのが精神的な健康を保つひとつの手だし、それは気の持ちようでなんとかなるんじゃないかと思いたい。 レッツポジティブシンキング。 どうすればそうなれるか、六星占術や霊視ではどう出てますか? 「ガッポリ稼いでいる感じがどうしても気に入らない」 という方もいるだろう。 なんせ見た目がね。 しかし、この先も稼ぎ続けうまいものばかり食べ続けた二人が 「あんた、ぜいたく病で死ぬよ」 と医者に言われて 「助かる道はないんでしょうか」 と泣いてすがる日が来るかもしれない。 その時は今まで 「チッ」 としか思えなかった二人の数々の言動行動が全て長い長い、しかも効果的な 「前フリ」 になるのだ。 とはいえそこまで達観するにはまだ時間がかかるだろう。 いっそ二人が 「実は私もこりん星から来ました」 ってひとこと言ってくれたら枕を高くして眠れるのに。 そこはまさに希望の星。 やっぱりあるんじゃないかな、こりん星。 私にも見えてきた。 爆発させるを食い止めるために 「宇宙戦艦やまとりん」 の出航だ。 |