コーポG住人の沖田×華ちゃんが 「ラーメンが嫌い」 という話を描いたばかりなのにラーメンの話でご麺なさい。 ラーメン屋の話で盛り上がる場面って時々あるが、自分が好きな店について賛同を得られなかったり、人がオススメの店に行ったらそうでもなかったり、その度につくづく
「結局、好みの問題なのね」と思い知らされる。
そんなふうに店の評判というのはみんなの好みの中であっちへ行ったりこっちへ行ったりしているのに、どの街にも1軒はある、「大将、あんたラーメン好きじゃないだろ」
と言いたくなるような店のまずいという評判だけが揺るがない気もする。 「うまいは不確かなもので、まずいは確かなもの」 なのだろうか、むずかしいです。
もともとラーメンは好きだがそれがいわゆる本格化したのは17年ほど前になるだろうか。 当時の職場近くにあった、排気口からいろんなエキスを含んだ油が幾筋も垂れていて、空襲にでも遭ったのかよ、というくらいぼっろぼろの暖簾がかかったラーメン屋に入ったのがキッカケだ。
店へ入ると、カウンターと厨房の仕切の上に水を入れた2リットルのペットボトルを凍らせたものがでん、でん、でんと3本くらい置いてある。 客は立ち上がってそれを取り、解けて水になった分だけを自分でコップへ注ぐというストイックなスタイルだ。
肝心の味はというと、豚なのか鶏なのか、今思い返してもあの店のどす黒いスープだけは材料の見当が全くつかない。 カメとかタツノオトシゴとか松崎しげるから取ったダシだ、と言われてもたぶん驚かないほど独特。
そして乙女心のように複雑。 でもとにかくおいしかった。
私は 「美味しんぼ・29巻」 の冒頭に掲載されている 「フランス料理とラーメンライス」 という話が好きで、あの漫画にあるようにラーメンやチャーシュー、メンマ、そしてスープをライスと一緒にがっついて食べる時にかなり大きな幸せを感じる。
私にシッポがあったならぐりんぐりん振り回しているだろう。 そういう、メシが欲しくなるようなガサツなラーメンが好きだ。 その店のスープはコクがあったし、何よりメンマとチャーシューがバツグンに旨かったので、ライスをむさぼるにはもってこいだった。
しかし誰にでも弱点はある。 タダモノではないぞと唸らせる仕事をしておきながらそこのオヤジにはいい加減な点があった。 固めに縮れた細麺に謎のスープが絡んでこそライスがおいしいのに、いかんせんゆで加減が適当なのだ。
原因は単純。 オヤジ自身が適当だからだ。 ひどくなると 「ああ麺がもうねえや」 といって目の前のスーパーへよろよろ歩き出し、市販の中華麺を買ってきやがった事もある。
あのスープの中では市販の麺の存在感なんかゼロに等しかった。
さらに時々しでかすのがごはんの炊き忘れ。 水加減も適当なのかごはんがべちゃべちゃの時もあったが、あのスープと具、(本来の)麺があればそれでも充分楽しめた。
でも炊き忘れられちゃあどうしようもない。 ある時なんか 「もう炊けるから」 と言ったクセに私がわざとゆっくりめにラーメンを食べ終わるまでにも一向に炊きあがらず、こっちは会計するかと思った頃にやっと炊けたごはんを大盛りで出されたこともある。
「特別だぞ」 みたいな顔して謎のおかず(山クラゲみたいなやつだったと思う)付きで。 いらないよもう。
そのオヤジはおつりの計算が苦手で、50円多くもらったことは二度や三度ではない。必ず多く間違え、それを指摘するとなぜか半ギレし、いいよもうめんどくせえ、といってそのまま50円多く持たされる。
どこがどう“めんどくせえ”んだか。 残念ながら数年前に閉店してしまったが忘れられない味だ。 以後あの味に似た店は一切お目にかからない。
その店まではクルマで30分ほどかかったので、行った回数でいうと近所にあった別の店のほうがずっと多い。 10年くらい前までほとんど毎週土曜昼に行っていた。
その頃住んでいた家からは松本伊代の平泳ぎで30分ほど。 自転車なら3分もかからない場所だ。 開店は11時。その頃既に創業10年以上経っていたと思われるその店は地元住民の間ではそこそこ知られており、開店するとテンポ良く席が埋まっていく。
それでも11時を少し回ったくらいなら私ひとり座るには問題無い。 でも私はなぜか1番乗りにこだわっていた。
朝起きてから水以外は口にしないのがルール。 その頃土曜朝といえば日テレ 「ぶらり途中下車の旅」 やNHK 「男の食彩」 を観ていたのだが、そこでどんなに食欲をそそられてもゆうべ残ったイシイのミートボールなんかに手をつけることはなかった。
10時57分に家を出ればいいのに、「ほら何があるかわからないから」 と少し早めに出ていた。 何があるってんだ。
だから必ずまだ暖簾がかかっていない時間に着いてしまう。 でも 「開店が待ちきれないほどのファン」 と思われるのも何だか悔しいので、お宅に用事はないよ、という顔をして一旦通り過ぎる。
そしてその近くの、昔好きだった子の家の前をうろうろ探ったりしながら時間を調整していた。
ひとまわりして戻ると、ちょうど暖簾をかけている頃だ。 暖簾が落ち着いて風と一体化した頃に入店するのが最も粋だ(という根拠のないバカポリシー)。
なのに私がちょっと留守にしている間に店の前で開店を待っていた客が、店員がかけているそばから暖簾をくぐるという不粋な真似をしていたりもした。
私は密かにチッと思いながら奥から2番目の指定席に腰掛ける。 もう5,6年もほとんど毎週来ているのだから当然顔は覚えられており 「ハイらっしぇーい」
と元気よく言ってくれる。 でも私は店主の顔を一切見ず基本的にはシカトを決め込む。
私はラーメン屋で 「常連さん」 になり、店主と言葉を交わすようになる、みたいなことがイヤだ。 なぜかラーメン屋でだけそう思う。 一心不乱に食べ、ごちそうさまとだけ言ってそそくさと帰りたい。
私の前に客がいたとしたら、その人より早く食べ終わるぐらいでありたいし、おつりのないようにお金を置いて去って行くのがとてもクールだと思っている。
なぜかは自分でもよくわからない。
初めて来て勝手がわからない客がいると心の中で 「ふん、シロウトが」 とイヤミな常連気取りしているクセに、顔を覚えられたからといって店の人から声をかけられるのが苦手なのだ。「今日はお休みですか」「お名前は」
なんていう風に話が広がろうものならきっともう行かない。 だからその店でも話しかけないでねというこわばった顔で食べていた。 だから長年通っていたのに
「手打ちと小ライス」 と 「ごっさま」 しか言ったことがない。 たぶん店のひとに私は 「手打ちと小ライス」 と呼ばれていただろう。
この店も舌がしびれるケミカルな満足感でライスがよく合った。
その後住まいが替わったのでまた違うラーメン屋へ行くようになる。 何軒かある中で一番好きな店は今の家から近藤真彦のクロールで丸一日、クルマで50分程かかる。
人に聞いて新規開店後間もなく行ってみたら好みにドンピシャ。 歳のせいで最近はライスを食べなくなったものの、もう7年以上通っている。
冷水サーバーからコップに水を注ぎながら店主の目を見ず 「並」 とだけ言って注文し、ズビズバと麺を手繰ったら勘定ぴったりをカウンターに置きながら
「ごっさま」 とだけ言って店を出ていた。その店はある地方の老舗の暖簾分けで、店主はその味がここら辺の住民の口に合うものかどうか、スープの濃さ、麺のゆで加減等いろいろ試行錯誤していたようだ。
恐れていたことが5回目くらいの時に起きた。 客が私ひとりという状態で機嫌良く“スーパーはぼき”のように麺を吸い込んでいた時、店主がなんとなくこちらを見ている気がした。
嫌な予感。 他の客が来る気配もなく、店主はじりじり近寄ってきた。 そしてとうとう厨房の方からカウンターに身を乗り出してこう話しかけてきた。
「本当はもうちょっと濃いんだけどね、麺もこのぐらいがいいってこの辺のひとは言うんだよね。 どう?」
ぐげえ、話しかけられた・・・めんどくせえ・・・ しかし今オレは猛烈に頼りにされている。 そうなんだよ、好みの味には違いないが、実はタレはもうちょっと濃いめ、麺はかなり固めがいいのに常々と思ってたんだよな・・・よおし、ここは一発・・・と思ってガツンと言ってやった。
「おいしいですよ!」
会話を長引かせたくないからってウソをつくっていうのはどうだろう。 ラーメン好きとしてこの時ほど自分にがっかりしたことはない。
店主は、あーそう、といった表情をしたのみでその後会話は続かなかった。
しかしその後この店は味の濃さも麺の固さも私好みになっている。 誰か他のひとが濃く、固く、って言ってくれたんですねありがとう。 そして相変わらず
「話しかけないでオーラ」 を鈍く放つ私は二度と味の相談をされることもなく、何の心配もせずに 「並」「ごっさま」とだけ言って600円ちょうどをカウンターに置いて店を出る。
背中に 「ありがとー!」 とだけ声がかかる。 大好きな店なのにこの絶妙な距離が気持ちいい。