畳の色がそこだけ若いわ
 ネットの世界ではこのコーポGの1階に住んでいる私だが、先日、現実世界の自宅を引っ越した。 12,3年前、実家の引っ越しを経験したのだがなぜだろう全然覚えていない。 だから今回以前で印象的な引っ越しというのは大学に受かって上京した時と、2年生になる時の2回だ。

 昭和61年春、ここぞという時に袖を通す千鳥格子のジャケッツを着た父親と初めて大学を訪れ、大学生協で紹介されるがまま何の疑問もなく下見、そして契約したアパートは、杉並区の高井戸。 赤帽の軽トラック1台に乗せた荷物を父親と母親がテキパキ配置し、その晩は布団屋に勤める母親のおかげで豊富だった布団を敷き詰め3人で寝た。 昭和だなあ。 翌日親が帰ると、可愛かずみの載ったGOROやダミーオスカーの載ったスコラ、お気に入りのパンチラショットの載ったアクションカメラ、パタリロ(その時点での)全巻、蛭子能収のマンガ2冊、内田春菊のマンガ3冊、TOKAIのギター、わずかのレコードなどの宝物とともに新生活が始まった。

 入学の少し前、環状八号線の高架になっている高井戸駅に最初に降り立った時、片平なぎさがドラマの撮影をしていたのを覚えている。 東京で初めて見た芸能人だ。 まだ 「サスペンスの女王」 などという冠のない、特徴のない女優さんだった頃だ。 環八沿いに歩いていくと、左手に東急ストア。 反対側には横河ヒューレットパッカード。 その少し先にコンドームの自動販売機があってちょっと興奮した。 その辺にタップダンス教室があり、そこの生徒さんが敷地の外、道路っ端のコンクリートの場所でスッチャカスチャラカとステップを踏んでいる。 そのまた先のマクドナルドを通り過ぎて右折。 脇に入ったところが私のアパートだ。

 階段を上がって共同の玄関。 「カギその1」 は漫画に出てくるような、クローバー型のヘッドのベタなヤツ。 差して180度回す。 そこで靴を脱ぎ、廊下の一番奥へ進んで玄関もこれで開くんじゃねえのと思える 「カギその2」 で自分の部屋の引き戸を開ける。 廊下は経年劣化により偶然ウグイス張りになっていてセキュリティも万全。 水色のトイレもピンク電話も共同でフロは無かった。 当時はまだフロ付きに住むリッチなヤツなんかほとんどいない。 私は 「バイトすると銭湯が終わっちゃうしさ」 などと理屈をこねてバイトをしないでいたが、「バイトすればフロ付きに住める」 ことには気付かないバカだった。

 当時260円だった銭湯はとても気持ちがよかった。 番台に船越英二がいるわけでもなし、わざと間違えて女湯に入る江戸屋猫八もさすがにいなかったが、カランカランと響く音はとても風情がある。 背中に綺麗な絵が描いてある人が隣に来た時には、しぶきがかからぬようシャワーを弱くしたものだ。 大きな湯船の湯は熱く、リバーのしわがれたきんたま袋がピリピリしたが、そこを通り越すと気持ちいい。 その間に、併設されているコインランドリーに入れておいた洗濯物、ショッキングピンクのトレーナーとか水玉の靴下とか思い出すだけでも死んでしまいたくなるダサダサの洋服たちはほっかほかに乾き、ヘタしたら縮んでいる。

 3部屋ある2階の住人はすべてその時上京したばかりの同い年。 一番共同玄関に近い部屋に住む國學院大生がよく電話に出てくれた。 というかほとんどその人にしか電話はかかってこなかった。 上京したばかりなのによくもまあ毎日毎日話す相手がいるもんだと思ったが、大学生活をとても上手に始めているように思えて実はうらやましかった。 山形出身のその人は 「○○でした」 と自分の名を過去形で言って電話に出るのが特徴だった。 その後の東京生活で腐るほど 「じゃあ今は何さんなんだよ」 と言われたことと思う。 その人に頂いて、山形産のさくらんぼがおそろしくおいしいことを初めて知った。

 真ん中の部屋の中央大生はすごく大人しく、それこそトイレに行く気配さえ感じなかったが、学校が遠いからかすぐに引っ越してしまった。 最初の挨拶以外で話した記憶もないし名前も覚えていない。

 私は主に出前一丁と白いごはんを食べて生きていた。 気分を変えたい時にはサッポロ一番しょうゆ味にしたっていいし、もっと大きな変化がほしければサッポロ一番みそラーメンがある。 卵なんか落とそうものなら幸せすぎる。 昼は大学の食堂で安くてボリュームのある多彩なメニューが食べられたので夕飯はラーメンとごはんで充分だった。“のりたま”だってうまいし。 ただ、ひとりでの夕餉があまりにもヒマだったので、この頃に箸の持ち方を直してみた。 簡単に直せるから石塚英彦も中尾彬も早く箸の持ち方直せばいいのに。

 大学生はみんな入るもんだと思ってテニスサークルに入ってみた。 門前仲町からバスで有明テニスの森へ行き、上手な人がほとんどいないテニスに付き合い(私は軟式とはいえテニス経験者なのでその中ではマシな方だった)、帰りに参加者みんなでデニーズへ行く。 一番安いジャンバラヤを食べ、キセル乗車をして帰る。 メンバーはみんないい人達で秋頃までは参加していたが、私は大勢で同じ遊びをするとか同じ店へ入るとかが苦手、特におそろいのブルゾンを着るのはたまらない(何せ私は幼稚園の時にも園服を嫌がって、脱いで写真に写っていることが多いのだ)と気づき、次第にサークルとは距離を置き始め、やがてフェイドアウトする事になる。

 アパートの話から逸れてしまった。 アパートは四畳半と三畳のふた部屋。 もともとは別の部屋だったのを、接している壁をぶち抜いてひとりの部屋にしたものだ。 だから私はこのアパートの中では高級な部屋に住んでいるつもりだった。 その高級な天井を見上げると、いくつかの箇所に白いチョークで○印がしてある。 特に気にも留めなかったが、梅雨を迎え大雨の降ったある日、部屋でぼんやり水沢アキの事かなんかを考えていたら頭頂部に水滴が落ちた。 冷てえ、と思って見上げると雨漏りしている。 しかもあの○印のついたところだ。 案の定他の○印からもぽたぽた落ちてきた。 あの大家、そんなことひとことも言わなかった。

 昔ながらの木枠の窓は立て付けが甘く、隙間のあるところもある。 一度などは、寒さで窓を閉めていたのに雪がひとひら舞ったこともあるほどだ。 夏にはヤモリが窓に貼り付いてキュウキュウ鳴いていた。 鳴き声もそうだし目がクリッとして案外可愛いので寂しい夜には話しかけたものだった。 窓に隙間があるので部屋に入り冷蔵庫のドアに貼り付いていたこともある。

 冷蔵庫は地元ディスカウントストアで購入した白い平凡なものだったが、他の家電はやがて部屋を訪れるかも知れない女の子にモテたいので大学生協から送られたパンフレットに載っているSANYOの 「itユsシリーズ」 というひとり暮らし用家電で揃えてくれるよう、親にやんわりと打診してみた。 押しが弱いので願いが叶ったのは炊飯器とオーブントースターだけだったが、濃紺色のボディが気に入っていた。 両方とも冷蔵庫の上や食器棚の上という高い場所に置いていたのに、なんでいつも陰毛がついていたんだろう。 這って動くのだろうかアイツらは。

 画面の向こうの岡部まりは優しくても、丸井のローンは待ってくれない。 なのにアルバイトニュースやフロムAを読んだだけで金が入ってきたような気になってニヤニヤしていたのは今も昔も怠け者の常である。 贅沢は出来なくてもなんとなく毎日を過ごせるだけの仕送りをもらっている甘ちゃんは、それなりにひとり暮らしを楽しんでいた。 ただ、この高井戸のアパートには、ほんのちょっとだけ難があった。     つづく