「第九回」

 特殊学級へ行くのを拒んだ私は再び引きこもり続けたが、三年の春を迎えた頃、ひきこもりの限界やってきた。
 それは誰とも話さない私の限界でもあったし、両親の精神的な限界だった。
 我が家は私が小学生の時に父が亡くなり、歳の離れた兄はすでに一人暮らしをしていたので母と私の二人暮らし。毎日仕事で忙しい母にメモを渡して、買い物をしてきてもらうという生活をしていた私の相手をするのが母もきつかったのだと思う。その日もいつものように「これから先どうするのか」と喧嘩をしていたら母がくたびれたように言った。
「もう、一緒に死んじゃおうか」
 びっくりした。辛いのは私だけで、死ぬとするなら私だけが死ねばいいのに、なんで母も「死ぬ」と言うのだろうと思った。
 引きこもっているという事は、誰にも迷惑をかけていないと思ってたのに、しっかりと母に迷惑をかけていた事をその時、今更ながら知ったのだった。
 それに死ぬのは怖かった。唯一私を理解しようとしてくれていた母を失うのだって怖い。だから私は「死にたくない」と言って母を突き放し、部屋へと戻った。
 次の日私は久々に外に出ていた。少しでも私が外に出ないと母は死んでしまうのではないか?と、思っての行動だった。だけど久しぶりに出た外は怖かった。周りの人が私を見て笑っているのではないかという被害妄想が出てくる。誰か知ってる人に会って、何かを言われるのではないかと思うと、手の平いっぱいに汗が吹き出て、必要以上に辺りを見渡して挙動不審になってしまう。
 結局その日はコンビニで使いもしない文房具を買っただけだったが、仕事から帰った母と夕食の最終に、その日買った文房具を見せて買い物に行ってきた事を伝えると母はその場で泣いた。
 誰でもできる普通の事をやっただけなのに、まるではじめてやった事のように泣いて喜ぶ母の姿を見て、自分は引きこもって普通の人が普通にする事さえもしない生活をしていたのだと思った。
 夜一人でベッドに入っていると、その日一日の事が頭に浮かんできた。
 ただコンビニに行って文房具を買っただけなのに、その時の事を細かく思い出す事ができた。約一年ぶりに入ったコンビニの店員は若い男の人で、私が店の中に入ると私のほうを見る事もせず「いらっしゃいませ」と棒読みで言って、そのままレジで袋とかの整理をしていた。昼間に中学生が店に入ってきても怪しまないなんて、随分と無関心な店員だったなぁと思い出す。
 ただ、一日中引きこもっていると一日の事などあまり思い出さない事に気づいた。
 引きこもりをして、誰とも話さないと驚くほどに一日はあっという間に過ぎる。思い出そうとしてもその日何があったとかは思い出せないのだ。
 これから先ずっと部屋で一人で過ごし続けても、誰から苛められる事はないにしろ、誰かと楽しく遊ぶ事もない。このまま引きこもり続けたら絶対に後悔すると私はその時実感してしまったのだ。
 それから数日後、私は学校に行かない子が通う「特殊学級」へ行く事を母に告げた。

つづく