第10回 『負け犬ジョシュアのガチンコ5番勝負!』ジョシュア・デイビス著/酒井泰介訳(ハヤカワ文庫)
 よく考えてみたら、私はTVドラマ「スクール☆ウォーズ」をまともに観たことがないのに、なぜか「イソップ」的なものに触れると、必ず「イソップみたいだ」と考えてしまうのであった。「イソップ」というより、「イソップぅうう(泣き声)」である。「哭きの龍」のイメージが「龍よおお」であるのに近いですね。痩せっぽちのイソップ。懸垂のできないイソップ。不良だらけのラグビー部で、なぜか1人だけ混じっていたガリ勉タイプのイソップ。高野浩和が演じる役名奥寺浩ことイソップ。役者と役名まで書いてすっかり「スクール☆ウォーズ」マニアのようだが、今急いでグーグルを使って調べたのである。高野浩和が役者を引退してカツラメーカーに勤めているという情報は、以前に何かの番組で観た。

 それはそうとイソップである。イソップは実在の人物をモデルにしているらしいので失礼な書き方になってしまうかもしれないが、イソップ的な人物が物語に登場させられる理由は決まって「誰か別の人のため」である。TVドラマでは、イソップが貧弱な体型なのに必死に懸垂で頑張るさまが不良たちを感動させ、結果としてラグビー部は結束を深めることになった(らしい)。イソップ本人は特にその懸垂から利益を得られたわけではないのである。

 こうしたイソップ性質は、彼の努力がしばしば他人のための物差しとして使われることにもつながる。たとえば吉田聡の初期作品に『ちょっとヨロシク』という学園マンガがあるが、そこに登場した花田君という少年(鼻デカ、小柄、痩せっぽち)は、私の記憶にある限り「物差し」としてのもっとも苛酷な扱いを受けたイソップだ。このマンガは主人公である天才少年・羽田礁太郎と彼が所属する部のキャプテンである苺谷香の対立構造を軸とした作品である。苺谷の部は初めラグビー部だったと記憶しているが、そこに転校生である礁太郎がやってきて頭角を現すと、彼はその才能に嫉妬して(ヒロインとの三角関係という事情も絡んでいる)勝手に部活の内容を改めてしまうのである。おかげでこのマンガでは、重量上げや水球、カーリングなどの普段はあまりお目にかかれない競技による闘いが読めることになった。で、その改部の際にもっとも割を食うのが花田君なのだ。花田君は羽田礁太郎と同日に転校してきたのだが、ハナダとハネダという具合に名前が似ていたために人違いされ、まずひどい目に遭わされる。そしてなぜか礁太郎が彼のことを気に入ってしまったために次々と部活に付き合わされることになるのだ。礁太郎も結構きゃしゃな体格なのだが、苺谷をはじめとする他の部員たちは全員野獣のような体つきである(苺谷は顔も体格もゴリラに似ている)。そんな中に1人イソップが混じってしまったらどういうことになるかは、明白だろう。花田君は、毎回「その競技がどんなに過酷であるか」を示すダミー人形のように扱われるのである。部員たちからは「それじゃ○△×もできねえぞ」と罵られながら(伏字の部分は好きな文字を入れよう!)競技にチャレンジするが、あえなく玉砕してしまう。絵に書いたようなイソップ体質。

 『ちょっとヨロシク』について必要以上に長く書きすぎてしまった。ちなみに『ちょっとヨロシク』は単行本で読んでいる。一連のツッパリマンガよりも吉田聡作品では好きかも。しかし今回の本題は『ちょっとヨロシク』ではなく、『負け組ジョシュアのガチンコ5番勝負!』である。この欄始まって以来の翻訳作品だ。原題はTHE UNDERDOG。負け犬ですね。このタイトルだけ見てもイソップ臭がぷんぷんする。表紙は、ガリガリに痩せた白人青年がまわしをしめてスーパーヘビー級の巨漢と相撲をとっている写真である。この痩せっぽちが作者のジョシュア・デイビスだ。うーんイソップ。

 表紙折り返しの作者紹介によれば「小学校のころにバスタブの中で空母キティホークの動力模型をつくって感電死しかける。高校ではロックバンドを組んだが、最初で最後のライブで、唯一の持ち歌の歌詞を忘れ、その場でバンドは解散。大学卒業後は、北カリフォルニアの友人をめぐる長篇映画を製作し、ニカラグアの怪しげな配給会社に売ったが、配給会社はすぐに倒産し、一銭も払われなかった。その後、電話会社のデータ入力係となり」とある。行動力はありそうなのだが、何一つ結果に結びついてなさそうなのが情けない。結局彼はそのデータ入力係の仕事もやめてしまい、地元のフリーペーパーにジャーナリストとして滑りこむことになる。ジャーナリストとしても記事の内容は「街一番のストリップクラブはどこか」である。収入は月二百ドルがいいところで、実質的には妻(高校時代からのガールフレンドであるタラ。学校教師)の扶養家族のようなものである。

 ところがある日、運命の転機がやってくる。三十路入りを目前に控えたある日、ジョシュアは車でモハベ砂漠を横断している途中に、あるダイナーの壁に貼ってあったチラシを見るのである。「全米アームレスリング・チャンピオン大会」の開催を告げるチラシだ。彼は妻に自分が実はマッチョな男であるということを示すために、その大会への参加を即決する。そして軽量部門で全米四位の座に輝いてしまうのである……参加者が四人しかいなかったからなんだけど。

 さらに驚くべき事態は続く。全米大会の上位二名は、その後で開かれる世界チャンピオン大会への出場資格を得られるのだが、四週間後ジョシュアのところに出場の打診をする電話がかかってきたのである。該当選手が辞退したため、繰り上がりで資格が転がりこんできたのだ。彼はまったく迷うことなく出場を決める。会場はポーランド北部の厳寒の町、グディニアだ。ジョシュアは試合で舐められないために髪を赤く染め、全米大会で知り合ったアームレスラーのジェフに集中特訓を受け(ただしその後は、仕事後で疲れている奥さんに対戦相手をつとめさせて練習する。それで強くなれるわけないよ!)本当にポーランドまで行ってしまうのである。軽量級の参加選手18人中、彼が何位だったかは言わぬが華というものだろう。

 こうして前向きにがんばることに目覚めたジョシュアは、以降さまざまな競技に挑戦していくのである。アームレスリングの次は闘牛だ。彼は気づかなかったが妻のタラは、ジョシュアがまったく収入面で頼りにならないことに不満を持っていた(あたりまえだ)。彼女は、教師を辞めて弁護士の資格を取るために勉強したいと考えていたのである。その夢を実現するためには、ジョシュアが彼女の代わりに家計を支えることができるほどの収入を得る必要がある。だが彼は、当たり前の仕事などまっぴらごめんだったのである。もっと、夢に挑戦できるような職業に就きたかったのだ。三十手前の男としては問題のありすぎる考え方です。しかし彼はその夢と収入との妥協点を見つけてしまうのである。闘牛士になればいいじゃん! そうすれば夢を追いながら、高収入を得ることができるよ! 私がこの男の奥さんだったら、フライパンで十回はひっぱたくところだ(もちろんフライパンは、熱して)。

 闘牛の次は、ジョシュアは体重を増強してアマチュア相撲に挑み(義理の父親が日本にイワシの缶詰を輸出しようと考えていたので、国技を通じて日本人とのパイプを作ろうとしたのだ)、ちょうど祭りのゲストでアメリカにやって来ていた武蔵丸に気に入られてブラザーと呼ばれることになる。なぜかこの男、アスリートたちにはよく可愛がられるのである。相撲の次は後ろ向き走りだ。相撲でついた贅肉を落とそうとしてジョギングをしているうちに、膝に負担のかからない走り方ということで背面走行にたどり着いたのである。この背面走行にはレトロ・ランニングという名前がついていて多数の競技者がおり、世界大会まで開かれているという。たまたま記録保持者が妻の叔母の近所に住んでいたこともあり(すごい偶然だ)、ジョシュアははるばるインドまで出かけていって特訓を受ける。そしてイタリアで開かれる世界大会に出場するのである。

 この行動力がすばらしい。ジョシュアは求めても決して結果を得られないイソップだ。栄冠は常に人のためのもの。しかし彼は、絶対にめげずに挑戦を繰り返すのである。彼の父親は、ジョシュアが子供のころイプスキ・ピプスキというヒーローのお話をしてくれた。イプスキ・ピプスキはさまざまなことに挑戦し続ける、不屈の男である。ジョシュアの夢は、そのイプスキ・ピプスキになることなのだ。まさに「一人『落ちこぼれ軍団の奇跡』」、リアル「泣き虫先生の七年間戦争」である。あ、でも泣き虫先生というのは教師だったジョシュアの奥さんのタラで、七年間戦争というのはほぼ無職に近い彼を養ってきた彼女の闘いのことなんだけどね。この本でいちばん偉いのは奥さんだと思うなあ。

 アメリカという国は、何にでも一番になりたがる厄介な国である。ものすごく危険な体質というべきで、その心情が軍事力とか政治権力ということに結びつくとブッシュ政権のような集団を作り出してしまうのである。だが、そうした困った面だけではなく、間抜けで愛すべき要素も彼らには備わっている。海外ニュースを見ていると、アメリカではコーヒーカップ積み上げ選手権だとかかぼちゃ投げ選手権だとか、どうでもいいような大会がさかんに開かれているが(ホットドック早食いというのもあったっけ)、そういうお茶目な面も持っているのである。みんながアメリカン・ドリームを達成するために、競技の数を増やしてチャンピオンになれる人の枠をどんどん広げていこうとしているわけですね。ジョシュアはその象徴みたいなものなのである。挑戦し続けることによって、イソップだっていつかはチャンピオンになれるかもしれないんだよ、と彼は声を大にして叫んでいるのである(あ、イソップなんて知らないか)。

 ジョシュアは間抜けだけど、ちょっとかっこいいなと思うのは、行動の根底には家族愛があるということである。そのことはおしまいの「灼熱サウナで家族円満」の章を読むとよくわかる。この章でジョシュアは、母と義理の父親、父親の違う兄(牧師)、妹(スキンヘッド)の五人で、フィンランドで開かれるサウナ世界チャンピオンシップに参加するのである。そんな競技があるとは初耳だったが、蒸気で室温百度に達するサウナの中に何分滞在できるかを競うものなのだそうである。優勝者は重篤な火傷を負い、皮膚の再生に一年近くかかる者もあるというのだ(つまり翌年のチャンピオンシップまでということか)。ジョシュアの義理の父親がフィンランド人で、自宅に設置したサウナが家族の絆になっていたから、というのがこの競技に参加した理由なのだ。父親がそんな競技への参加を提案したら、たいていの人は父親をサウナに閉じ込め、室温を百五十度ぐらいにして放置し外にガリガリ君でも買いに行ってしまうと思う。でもジョシュアはきちんとつきあうのだ。偉いなあ。イプスキ・ピプスキは、家族を大事にするのですよ。



■本書のお買い得度■

ちなみに現在のジョシュア・デイビスはニートではなく、雑誌「ワイアード」のコントリビューティング・エディターとして活躍している。潜入取材のためイラクに行ったこともあるらしい。「負け組」ではないのである。その意味では、看板に偽りありだ。ただし、彼が「勝ち組」となったのは、絶対にアームレスリングや闘牛や相撲や背面走行やサウナ耐久レースに挑戦したからではないのである。それらの挑戦が、まったくキャリアアップに結びついていないところがおもしろい。無意味なことほど貴いということもできるだろう。今、自分の無気力さに悩んでいる人、仕事がうまくいっていない人、どうしても超えられない壁に行き当たっている人、順調に行っていた仕事で挫折を味わっている人、そんな人たちすべてにお薦めします。今は無意味に見えることは、後でもきっと無意味だけど、そんな回り道をしたことで何かが起きるきっかけになるかも。いや、ならないかな。励ましているのか、がっかりさせようとしているのか、どっちだ私は。とにかく映画『スクールウォーズ』よりはこっちの方がおもしろいと思いますよ。



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