精霊流し

10年前の夏、カミさんと2人で長崎の精霊流しを観に行った。
精霊流しとは初盆を迎える故人を供養する、長崎恒例の行事だ。昔は海に精霊船を流していたらしいが、今は流さない。港まで運んでおしまいだ。「精霊流しは」実は「精霊流し、ません」なのだ。
さだまさし(グレープ)の歌のイメージとはうらはらに、爆竹を派手に束ごと鳴らしながら精霊船は進んで行く。バリッバリッバリッ・・・トタン屋根に大量の小石が降っているような音だ。
その音を聞きながら、私はどうしようもなく嫌な気分になっていく・・・。

実は私は突然のでかい音に異常に弱い体質なのだ。オリンピアの沖スロ(沖縄仕様のスロット)を打つのも、ためらうほどである。「キュィーン」とパトランプが回る度に体がピクピクしてしまうのだ。
スロットの告知音ぐらいで動揺してしまうのに、爆竹なんかもっての外だ。そんなもんを鳴らし続けられたら、気がふれてしまう。もしくは、変な汗をかき過ぎて脱水症状をおこしてしまう。私は人類史上かなり弱い部類の生き物なのだ。クゥーン。

そんな私にとって初めての精霊流し見物は、やはり地獄となった。
霊を賑やかに送るための爆竹なら、船の周りで鳴らせばいいはずだ。それなのに、女連れだと(当時はカミさんも私も若かった)嫌がらせのように爆竹を投げつけられてしまう。『嫌がらせのように』じゃなくて、間違いなく『嫌がらせ』なのだが・・・。
カミさんを置いて一人で逃げ出すわけにもいかず、ギュウッと口を結び下を向いて歩き続けた。
道路に敷き詰めたような爆竹の残骸をスニーカーで踏みしめながら「もう二度と精霊流しには来るまい」と心に誓った。

だが・・・今年の夏、私は猛烈に迷っていた。
私の友達が、お父さんの初盆で精霊船を出すことになったのだ。
まぁ、それぐらいじゃ迷う必要もないのだが・・・故人は麻雀が大好きだったので麻雀船を特別注文したらしい。
(麻雀船?? なんだそれっ! みっ、見てみたいっ!!)
あの10年前の悲惨な精霊流し見物の直後なら、そんな気にもなれなかったのかもしれないが、長い時間が少しずつ爆竹の怖さを忘れさせていた。

精霊流し当日。
とうとう我慢できずに、長崎行きの特急かもめに乗ってしまった。車内は快適だったが、外はかなり蒸し暑い天気だった。ヒマつぶしに本を読みながら、ふと思った。
(俺っ・・・麻雀船を見物するだけで済むんだろうか? まさかっ、一緒に船を押して手伝ったりとか・・・。いやっ! むっ、無理っ! あの爆竹の波状攻撃は、なんとしても避けなければっ! 今日は日帰りの予定だから、それを理由に断わろう!)

友達の家に着くと、すでに親戚らしき人たちが集まっていた。子ども達はみんな爆竹から眼を守るために、おもちゃのサングラスをしている。そして、妙に浮かれている。
あちらこちらから、あの嫌な破裂音がこだまして、それを聞く度に私は女性の生理日のようにブルーな気持ちになっていった。多い日でも心配だった。知らんけど。

「ハッチャキーッ! 何でここにおると?」
突然の訪問に私の友達は目を丸くした。
「久しぶりーっ! いやーっ、船が見たくて来てみたんよっ!」
そして、友達のすぐ後ろに麻雀船がたたずんでいた。
「おおっ! やっ、役満やんっ!!」
船には国士無双が描いてあった。ベースの色は雀卓のグリーンだ。
笑いを噛み殺し、私は静かに手を合わせた。

「一緒に運ぶよっ!」
突然、友達から法被を手渡される。
「ええっ??」(やっぱり俺っ、手伝うのか??)
「はよ着替えてっ!」
「ごめん・・・俺っ、9時半の最終で福岡に帰らんといかん・・・」
「んんっ? でも、どうせ港まで船を運ぶんだから、長崎駅と方向一緒やんっ!」
「むぅ・・・」
とてもじゃないが「爆竹が怖いから勘弁してくれっ!」とは言えなかった。
1時間後・・・麻雀船の左サイドを、プルプルしながら手だけを添えている私がいた。

「パパンッ!! パパパパパパンッ!!」
子ども達がついに爆竹を鳴らし始めた!!
(うわあっ! とうとう俺の生き地獄パレードが始まるっ!!)
楽しそうに爆竹に火を着け、走り回る子ども達。
「ええっ?? こっ、怖くないのかっ!」
人の気も知らず、爆竹を一箱いっぺんに燃やしたり、私の足もとに置いたりする無邪気な鬼っ子ども。
正直(死んでくれっ!!)と思ったが、故人の為にやってるんだから全てを水に流さなきゃいけない。
(りっ、理不尽すぎるっ・・・なんで俺っ、こんなのに参加してるんだ??)

しかし、もっとタチが悪いのは私の友達だった。
この男は爆竹10束ほどに火を着けると、空中にポンポン放り投げ始めたのだ。
空中での爆竹はまったくもって予測不可能な動きをする。
「バチッバチーーーンッ!!!」 
おかげで、私は顔面に2発の直撃を受けた。
「うぐぐぐっ・・・」
耳がキンッと鳴って目がチカチカする。
それでも私は友達に文句のひとつも言えなかった。精一杯の強がりで苦笑いをするしかなかった。少し涙目になっていたはずだ。ウルルッ。

ん? 何故だろう?? 
不思議な事に爆竹は、私の周りによく集まるような気がする。つーか、確実に私に寄ってくる・・・。

私は去年亡くなった友達のお父さんのことを考えていた。「やんちゃ」という言葉がぴったりの人だった。いつも白いエナメルのとんがり靴を履いていた。
「オイば誰と思っとっとかーっ! こんっ(この)悪クロがああぁーっ!!」
そう言いながら、暴走族同士のもめ事に割って入って仕切り始めた・・・。そんな武勇伝をいくつも持っていた。 
そして、好き勝手に人生を謳歌して逝ってしまった。

私はなんとなくだが、こう思っていた。
爆竹が寄ってくるのは、たぶんこの人のせいだ。生前、気性の荒かった故人が、へっぴり腰の私に発破をかけているのだ・・・と。 
『発破をかける』というのは『気合を入れる・励ます』の意味だが、今は文字通りリアルに爆竹が降ってくる。
「ぷっ・・・くっくっくっ」
思いがけず笑ってしまった!
なんだか、この状況が可笑しくてたまらなかった。

「パパパパパンッ!!!」
その瞬間、爆竹がまた私目がけて飛んできたっ!!
やっぱりいぃぃっ!! 私は確信した。霊はちゃんとこの麻雀船に乗っている! ビビリの私に(コラーッ!! みっともないっ運びかたすなーっ!! オイば誰と思っとっとかーっ!!)と怒っている。

「ぶぷぷっ! くっくっくっくっ・・・ぐひっぐひっ!!」
(俺っ、今・・・霊から怒られながら船を運んでるっ!)
笑ってはいけない状況で、こみ上げてくる笑い虫。友達の親戚が不思議そうに私を見てる。
「ぐぐぐっ! ぐはははははっ・・・! ぎゃはははははっ・・・!」
こらえきれず、ひとしきり笑った! そして・・・そこで私は、ようやく恐怖の峠を越えたのだ。

今なら、口笛をピューと吹きながら、爆竹1箱を頭に乗せて着火できる気がする。やらないけど。
私は汗だくになりながら、にやけ顔で麻雀船を押し続けた。
「オイば誰と思っとっとかーっ! こんっ悪クロがああぁーっ!!」
いつか、このセリフが堂々と言えるようになりたいと、人類史上かなり弱い部類の生き物は思った。クゥーン。

<おわり>

(長くてごめん。最後まで読んでくれた人、どうもありがとうですのー。ぽむぽむ。)






爆竹を鳴らしながら進む麻雀船。
ちなみにこの船、爆竹を300箱積んでいる。



国士無双、ツモォォォッ!



爆竹1箱に火を着けるとこんな感じ。
体がピクピクして、どうしてもブレてしまうんです・・・。



他の船を見ると・・・もっとやりたい放題だった。
なんかもう、漢(おとこ)自慢のアピール大会みたいになってた



まだ、中盤でこのありさま。爆竹のカスがおがくずのよう。