【第九回 はじめに9 〜ヘッドスピン〜】


 板谷さんは初対面の僕に気を遣ってか、色々と話しかけてくれるが、何と答えたら良いのかわからない。とりあえず「はあ」と、気の抜けた返事を繰り返すばかりだった。そんな僕を見ても、なぜか板谷さんは上機嫌のままだった。
 
 「アマヒサ君、彼はブレイクダンスを習ってるんですよ」
 横にいた細面の人に話しかける板谷さん。漫画家の天久聖一さんだった。
 「そうなんですか。すいません、じゃあ今、ココで踊って下さい」
 優しげな笑みを浮かべたまま、そんなことを言い出す天久さん。
 「えっ……あ、い…今ですかっ?」
 聞き返した時には、天久さんのデジタルビデオが僕に向けられていた。もう一人のスタッフも、既に撮影を開始している。

 まだ、店に入ってから一分も経っていない。早すぎる展開に頭がついていけないが、とにかく踊らなくては。折角だからインパクトのある技を見せようと、軽くステップを踏んだ後、倒立系の技をいくつか披露。最後は、まだ練習中のヘッドスピンに挑戦してみた。床が絨毯だったので回りづらかったが、なんとか成功。
 「いいですねえ。最後の(ヘッドスピン)、もう一回お願いします」
 結局、ヘッドスピンは五回ほどやる羽目になった。

 「いやー、良かったよ。結構本格的にやってるんだねえ」
  ダンスの後、板谷さんにそんな言葉をかけられてホッとした。天久さんはニコニコしながら撮影を続けている。最後には僕の頭をアップで撮り出した。
 「あっ、赤くなってますよ」
 そう言われて鏡を見ると、ヘッドスピンのやりすぎで頭頂部が真っ赤になっていた。
 「ブ、ブハッハッハッハッハッハッハッハ!!」
 板谷さんの笑い声が店中に響いた。

 この日以来、僕は「面白い奴」だと思われたらしく、板谷さんとはジョニーの店で会ったり、電話で連絡を取り合ったりするようになった。
 夏も終わりに近づいたある日、板谷さんと電話で話していると、突然妙な事を切り出された。

 「来週ジョニーの店に行くんだけどさ、その時に打ち合わせをしたいんだけど」
 「打ち合わせ?何のですか?」
 「いや、そろそろK君(本名)の事をコラムに書こうと思ってさ」
 「えっ?」
 「あと、俺のサイトにもK君のコーナー作るから、なんか書いてよ」
 「えええっ?」
 
 電話の後、しばらく考えた。僕はコラムのネタになったり、インターネットで文章を発表したり出来るほど「面白い奴」なのだろうか。どう考えても自信は無い。断ってしまおうか。
 しかし、考えてみればこの一年あまりの間にも色々な事を始めたが、やらなきゃ良かったと後悔した事は無かった。今回はどうなるか、先の事はわからないが、何もしないで悩んでいても仕方が無い。とにかく自分に出来るだけの事をやってみよう。そう思うと気が楽になり、滅多に無い機会を与えてくれた板谷さんに感謝の気持ちがわいてきた。

 そして、打ち合わせが終わって数日後。板谷さんから電話があった。 
 「君のペンネーム、『ポク蔵』に決まったから。あと、コーナーの名前は『荒野の死活問題!』ね。内容はポク蔵くんに任せるから……」


                         (続く)