【第十二回 第二部2 〜バス〜】

 「すいません、四月からは来られないんですよ」
 女の先生が、母に頭を下げていた。僕が3歳だった頃の、とある朝の事。姉たちを迎えに、近所の空き地に来ていた幼稚園の送迎バスが、姉の卒園と同時に来なくなると言うのだ。
 母は、先生に渡そうとしていた封筒を引っ込めた。僕の入園を申し込もうとしていたのだろう。僕は事態が飲み込めず、バスに乗っている姉に手を振っていた。

 まだ幼かった僕には理由など解らなかったが、今思うと近所には同じ年の子がいなかったから、僕一人だけを迎えに来るのは効率が悪かったのだろう。とにかくバスは来なくなり、僕は幼稚園に行く事はできなかった。

 当時、僕の家は裕福ではなかったが、かといって生活に困るほどの貧乏でもなかった。父も母も怒ると怖いが、普段は優しかった。父がお坊さんだったので、小さい頃からお経を読まされたりはしたが、それ以外はごく普通の家庭だったと思う。

 ビデオなど無い時代だったので、家では本を読んで過ごす事が多かった。もちろん最初は父や母が読んでくれたのだが、段々と自分でも読むようになった。おもちゃはあまり買ってくれない両親だったが、本はたくさん買ってくれた。

 5歳の時に弟が生まれ、その出産や育児に両親が忙しかったのも、僕が読書好きになった原因の一つだろう。絵本から子供向けの童話まで、毎日のように本を読んでいたおかげで、小学校入学前には簡単な漢字も読めるようになっていた。
 
 かといって家に閉じこもってばかりいた訳ではなく、外で遊ぶ事も多かったが、遊び相手は年上か年下の子ばかり。結局、小学校に入学するまで、同じ年の子と遊ぶ事はほとんど無かった。

 だから、小学校に入学した当初は戸惑う事が多かった。今でも覚えているのは登校初日、初めての休み時間の事だ。他の子達は外へ遊びに行き、誰からも誘われなかった僕は教室で一人ぼっち、仕方がないので学級文庫の本を読んで過ごした。別に仲間はずれにされたとか、一人ぼっちで淋しいとかいう感覚は無かった。むしろ一人になれてほっとしたという気持ちのほうが強かったのかもしれない。

 まあ、一人ぼっちだったのは最初のうちだけで、すぐにクラスのみんなとも仲良くなり、楽しい小学校生活を送る事ができた。体が小さく、体育が苦手で泣き虫だったが、頭が良くて面白いと、クラスでは人気者だった。
 
 読書好きだったせいで、たいして勉強もしないのに成績は良かった。自分ではクラスで一番だと思っていたのだが、そうでない事を知らされたのは一年生最後の日だった。終業式の後で担任の先生に呼ばれ、こう言われたのだ。
 「K君、春休みに作文を書いてきて」
 「えー?なんの作文?」
 「『新入生のみなさんへ』っていう題の作文。入学式の時に、二年生の代表でK君に読んでもらうから」
 僕は、学年で一番成績が良かったのだ。

(続く)