【第十三回 第二部3 〜柔〜】

 最初に格闘技を始めたのも、小学校入学直後の事だった。きっかけは覚えていないが、多分テレビでブルースリーでも見て影響されたのだろう、空手を習いたくなり、母と近所の道場に行った。
 ところが、その道場では空手は中学生から。柔道なら小学生から習えますと言われ、まあ似たようなものかと柔道を習う事にした。

 もちろん空手と柔道はまるで違うので、すぐに嫌になった。柔道は子供心になんとなく格好悪かったし、受身の練習は痛かったし、なにより小学生には階級(体重別)など無く、体の小さい僕は圧倒的に不利だったのである。それでも嫌々ながら三年ほど通ったが、結局最後まで白帯のままだった。
 道場をやめたのは、練習が辛かったのが直接の原因ではなく、ある二つの事件がきっかけだった。

 道場は、先生が経営する薬局の二階にあり、月謝は薬局のレジで支払っていたのだが、最初の事件はその薬局での事だった。
 月謝を払うため、誰もいない薬局で先生を待っていると、レジの横にのど飴の試供品が置かれているのに気付いた。「ご自由にお取り下さい」と書いてあったので、二十個ぐらいあった試供品を全部ポケットに入れて帰った。

 次の練習日にこっぴどく叱られたが、小学校低学年の僕には、なぜ叱られるのかわからなかった。「ご自由にお取り下さい」と書いてあるものを自由に取っただけなのに、泥棒のように言われたのでショックだった。

 それからしばらくして、練習中に自転車のカギを付けたまま置いていた子が、カギだけを盗まれるという事件が何度かあった。僕は被害に遭わなかったので、あまり気にしていなかったのだが、ある日先生から電話がかかってきた。
 お前がやったんだろうと、決めてかかっている口調である。全く身に覚えの無い事だったので驚きつつも、やってませんよ、と否定すると、先生は意外な事を言った。上級生の山本(仮名)が、僕の犯行現場を見たと言ってるそうなのだ。

 冷静に考えれば山本が犯人で、僕に濡れ衣を着せたとしか思えないのだが、その時はそこまで考える余裕は無かった。僕を犯人だと決め付けるような先生の口ぶりにうろたえていたのだ。

 とにかくやってませんの一点張りで電話を切ったが、先生は信じていない様子だった。僕は「飴泥棒」だから「カギ泥棒」でもおかしくないと思ったのだろう。先生に会うのが怖くなって、それ以来道場に通うのをやめた。
 その後、学校で山本を見かける事はあったが、上級生なので何も言えなかった。山本も僕を避けているようだった。

 結局、初めての格闘技体験は嫌な事ばかりで終わった。これがトラウマになっているのか、今でも柔道は好きじゃない。
 唯一良かったと思うのは、受身がすっかり身についた事だ。これは格闘技をやる上で重要な事だし、日常生活でも怪我の防止に大変役立った。でもやっぱり柔道は好きじゃない。
(続く)